これまでのあらすじ
『私の声が届くまで』
この物語は 恋愛 です
「ごめんね。図々しいこと頼んじゃって。ワガママだったよね」
沙南の家に向かって歩く途中の信号待ち。
久しくなかった。
誰かと下校することも。
誰かと、信号待ちの合間に話をすることも。
沙南の言葉に、私は、首を振った。
不思議なこともあるもんだ、と思ってしまう。
誰が想像できただろう。
私が、沙南と一緒に歩くなんてことが。
お互いに嫌い。
沙南は、明らかに暗い私を避けていたし、陰口も言っていたと思う。
私も、そんな沙南が苦手で、やっぱり嫌いになっていた。
「ねぇ春香は猫好きなの? 」
私はうなずく。さっきより、まともな笑顔になっているかもしれない。
だって、少しずつだけど、沙南といるのが心地良いと感じるようになったから。
でも、まだ完全に心を許したわけではなかった。
わだかまりは、まだ解けない。
信号が、青に変わった。
私達は、歩き始める。
「……ゴメンね」
ぽつりと沙南は漏らした。
「私が、ずっと春香のこと避けてたの、分かってるでしょ? あんまり話したことなかったから暗い子だって思って。……ひどいことしたね」
私は黙って歩いた。
何も。
何も、沙南に対して反応を示せなかった。
けれど、沙南は直接私に嫌なことをしたことはなかったし、お互いに不干渉を貫く冷戦だったのだ。
しばらく、沙南は話しかけてこなかった。
私達は、ただ歩いた。
「ねぇなんか喉渇いた。コンビニ寄ってこ」
コンビニの前で立ち止まる。
沙南は話す前に「ねぇ」というのがクセみたいだ。
そんなこと、気にしたこともなかった。彼女の声は、いつも教室に響き渡っていたのに。
沙南はジュースを買い、私にも同じものを買ってくれた。
ありがとう。
口の動きでそう言った。
「ううん。いいのいいの。それより、私のママね、あんまり言うこと聞いてくれないから、押してね」
沙南が、おどけたように笑う。
〈そのためのジュース??〉
と打って、画面を見せた。
「これバイト代。ちょー安いけど」
と、沙南は笑った。
沙南のお母さんは、かなり若かった。
はっきり言ってギャルだった。
まだ三十代くらいかな。
私の母さんとは、かなり年が違う。
アパートの一室。
沙南と沙南のお母さんが暮らすその空間で、私は沙南のお母さんの帰りを待っていた。
そして先ほど帰宅した沙南ママを初めて見たのだった。
帰ってくるなり、「あー疲れたぁ」と気だるそうに言って、コートをソファーにばさりと放った。
「おう、友達つれてきたのか?」
沙南ママが私に気づいたので会釈した。男っぽい言葉。よく通る声。金髪のロングヘアー。
私は少しひるんだ。
「あ、声でなくなっちゃった子だろ」
「春香だよ。ちょっと話あるから、」
「ちょっと待って、タバコー」
沙南ママはそういって台所へ行って換気扇を回してタバコを吸い始めた。
「で、なんだって?」
すうっと、一口タバコを吸ってから横目で沙南と私を見た。
台所から私達のいるリビングまで結構距離がある。
沙南は、立ち上がって台所へ歩いていく。
私もそのあとについていく。
「猫もらってほしいんだって。飼おうよ」
沙南は、私の肩をつまんでいた。
「はあ? ここアパートだよ? ハムちゃんとかなら別にいいけどさ、猫は大家ダメだっつうから」
「大人しいやつならこっそり飼えるじゃん」
沙南は負けない。
状況を知った今、無理だという方向に固まりつつあるのだけど。
私も、沙南ママの言う通り無理だと思った。
でも、立場上沙南を応援しないといけないし、どうしよう。
「バカ。こっそりって言っても壁で爪研ぐでしょ。ここ出るときめっちゃ金かかる。ここの大家うるさいんだぞ?」
沙南ママは、ちょっと怒り始めた。
「無理だから無理」
この論争に決着をつけるように、沙南ママはそっけなく言った。
「春香ァ……」
沙南が、私に助けを求めた。
お願いします、もらってください、と言うのはあまりに無責任だけど……。
沙南の応援をしないと恨まれそうだし……。
私は、無難だけど現実的な線でいくことにした。
〈誰かもらってくれる人を知りませんか?〉
沙南ママはスマートフォンに表示された文字を、やっぱり気だるそうに読んだ。
「えーどうかな」
そう言って言葉を切ってからタバコを灰皿に押し付けて、
「実家のばあちゃん」
と答えた。
「前も猫飼ってたし、山ン中だし。ちょっと電話してみるわ」
と、沙南ママはすぐに電話をかけはじめた。
「ああ、お母さん? なんか今ね、猫欲しいって沙南が言ってるんだけど、飼わない?どうせ前のは出てっちゃったでしょ……」
わりとその交渉はすんなりいったようで、電話はすぐ終わった。
「何匹でもいいってさ」
沙南ママはまたそっけなく言った。
それが普通なんだ、と思った。
〈ごめんね。これでよかった?〉
帰り際、沙南と別れるときに私はこう伝えた。
沙南は文字を読んでから、
「うん。まあね。今度の休みに猫、実家に連れてく。そのときまたお願いね」
私はうなずいた。
自分のアパートで飼えないのは残念そうだったけど、それでも沙南は嬉しそうだった。
ほっとした。
「よかったよ。これで」
沙南は、念を押すように言った。
冬に比べれば、日が沈むのが遅くなったけれど、それでももう暗い。
「ごめんね。帰り遅くなっちゃうね。気をつけてね」
私はこくりとうなずいた。
六時か。
あたりは暗くなっているけれど、ゴミ屋敷の猫が元気にしているか気になった。
今日のうちで、クラスのみんなと沙南とで合わせて十匹ほどの猫が新しい飼い主を得た。
すぐに、引き取ってもらえるだろう。
でも、その前に、元気かどうかちゃんと見ておきたい。
私は、ゴミ屋敷に足を運んだ。
みんな、ちゃんといた。
餌は持っていっているので飢えたりしてはいないと思うけど。
私が行くと、すぐに寄ってきてあまえ始める。
これだけ人になつくのなら、可愛がってもらえるよね。
私は。心の中で語りかけた。
おばあさんの家を出たとき、アリアドネ学び園の方をちらと見た。
まだ、あかりがついていた。
ついでだし、行ってみよう。猫の飼い主探しも、まだ半分残っている。
創馬君、猫好きかな。
ふと、そう思った。
「創馬君ね、研修でしばらく帰ってこないよ」
園長先生だろうか。この前のおばさんが出てきた。
〈研修、どのくらいかかるんですか?〉
「三週間だね」
研修、か。
そっか。創馬君、いないのか。
猫のことも聞いた。
〈猫をもらってくれませんか。飼い主を探しています〉
「猫ね。ああみんなに聞いてみるよ」
園長は言った。
どこか遠くへ行くのなら、一言でも伝えてくれたらよかったのに。
まあ、二回しか会ったことのない私に言う筋でもないか。
創馬君が私を特別に見てくれたら、と思ったけれど。
人は少ないし、創馬君以外に知り合いもいないのですぐに帰ることにした。
と、「おーい」
と声。
振り返ると、この前創馬君と話していた男の子がいた。
「創馬に頼まれたんだけど」
背が高くて、威圧的な印象を受ける。気が強い人なんだろうか。
「いや、頼まれてはいねえんだけど、ほいよ」
なんだか、ぞんざいに 紙を渡してくれた。
ガムについているメモだった。彼のポケットにずっと入っていたのか、ぐしゃぐしゃ。
「創馬がな、書いたやつ」
え、と私は声にならない音を漏らした。
園を出たあと、創馬君が書いたという小さな
メモを読んだ。
別に、私へ宛てたわけではないことが、読んですぐわかった。
読まれないことを前提に、書いたのだ。
だからこそ、本音。
きっと書いてすぐ、捨てるつもりだったのだ。
それを、読んでしまった。
一文字、一文字。
文字を拾うごとに、心臓が高鳴りを増して、さらに増していく。
春香。
この前どうしてすぐ帰ったの?
君が気になる
ステキだ
テ、の文字が、×で消されていた。
あの男の人がふざけてやったのかな。
それとも。
沙南の家に向かって歩く途中の信号待ち。
久しくなかった。
誰かと下校することも。
誰かと、信号待ちの合間に話をすることも。
沙南の言葉に、私は、首を振った。
不思議なこともあるもんだ、と思ってしまう。
誰が想像できただろう。
私が、沙南と一緒に歩くなんてことが。
お互いに嫌い。
沙南は、明らかに暗い私を避けていたし、陰口も言っていたと思う。
私も、そんな沙南が苦手で、やっぱり嫌いになっていた。
「ねぇ春香は猫好きなの? 」
私はうなずく。さっきより、まともな笑顔になっているかもしれない。
だって、少しずつだけど、沙南といるのが心地良いと感じるようになったから。
でも、まだ完全に心を許したわけではなかった。
わだかまりは、まだ解けない。
信号が、青に変わった。
私達は、歩き始める。
「……ゴメンね」
ぽつりと沙南は漏らした。
「私が、ずっと春香のこと避けてたの、分かってるでしょ? あんまり話したことなかったから暗い子だって思って。……ひどいことしたね」
私は黙って歩いた。
何も。
何も、沙南に対して反応を示せなかった。
けれど、沙南は直接私に嫌なことをしたことはなかったし、お互いに不干渉を貫く冷戦だったのだ。
しばらく、沙南は話しかけてこなかった。
私達は、ただ歩いた。
「ねぇなんか喉渇いた。コンビニ寄ってこ」
コンビニの前で立ち止まる。
沙南は話す前に「ねぇ」というのがクセみたいだ。
そんなこと、気にしたこともなかった。彼女の声は、いつも教室に響き渡っていたのに。
沙南はジュースを買い、私にも同じものを買ってくれた。
ありがとう。
口の動きでそう言った。
「ううん。いいのいいの。それより、私のママね、あんまり言うこと聞いてくれないから、押してね」
沙南が、おどけたように笑う。
〈そのためのジュース??〉
と打って、画面を見せた。
「これバイト代。ちょー安いけど」
と、沙南は笑った。
沙南のお母さんは、かなり若かった。
はっきり言ってギャルだった。
まだ三十代くらいかな。
私の母さんとは、かなり年が違う。
アパートの一室。
沙南と沙南のお母さんが暮らすその空間で、私は沙南のお母さんの帰りを待っていた。
そして先ほど帰宅した沙南ママを初めて見たのだった。
帰ってくるなり、「あー疲れたぁ」と気だるそうに言って、コートをソファーにばさりと放った。
「おう、友達つれてきたのか?」
沙南ママが私に気づいたので会釈した。男っぽい言葉。よく通る声。金髪のロングヘアー。
私は少しひるんだ。
「あ、声でなくなっちゃった子だろ」
「春香だよ。ちょっと話あるから、」
「ちょっと待って、タバコー」
沙南ママはそういって台所へ行って換気扇を回してタバコを吸い始めた。
「で、なんだって?」
すうっと、一口タバコを吸ってから横目で沙南と私を見た。
台所から私達のいるリビングまで結構距離がある。
沙南は、立ち上がって台所へ歩いていく。
私もそのあとについていく。
「猫もらってほしいんだって。飼おうよ」
沙南は、私の肩をつまんでいた。
「はあ? ここアパートだよ? ハムちゃんとかなら別にいいけどさ、猫は大家ダメだっつうから」
「大人しいやつならこっそり飼えるじゃん」
沙南は負けない。
状況を知った今、無理だという方向に固まりつつあるのだけど。
私も、沙南ママの言う通り無理だと思った。
でも、立場上沙南を応援しないといけないし、どうしよう。
「バカ。こっそりって言っても壁で爪研ぐでしょ。ここ出るときめっちゃ金かかる。ここの大家うるさいんだぞ?」
沙南ママは、ちょっと怒り始めた。
「無理だから無理」
この論争に決着をつけるように、沙南ママはそっけなく言った。
「春香ァ……」
沙南が、私に助けを求めた。
お願いします、もらってください、と言うのはあまりに無責任だけど……。
沙南の応援をしないと恨まれそうだし……。
私は、無難だけど現実的な線でいくことにした。
〈誰かもらってくれる人を知りませんか?〉
沙南ママはスマートフォンに表示された文字を、やっぱり気だるそうに読んだ。
「えーどうかな」
そう言って言葉を切ってからタバコを灰皿に押し付けて、
「実家のばあちゃん」
と答えた。
「前も猫飼ってたし、山ン中だし。ちょっと電話してみるわ」
と、沙南ママはすぐに電話をかけはじめた。
「ああ、お母さん? なんか今ね、猫欲しいって沙南が言ってるんだけど、飼わない?どうせ前のは出てっちゃったでしょ……」
わりとその交渉はすんなりいったようで、電話はすぐ終わった。
「何匹でもいいってさ」
沙南ママはまたそっけなく言った。
それが普通なんだ、と思った。
〈ごめんね。これでよかった?〉
帰り際、沙南と別れるときに私はこう伝えた。
沙南は文字を読んでから、
「うん。まあね。今度の休みに猫、実家に連れてく。そのときまたお願いね」
私はうなずいた。
自分のアパートで飼えないのは残念そうだったけど、それでも沙南は嬉しそうだった。
ほっとした。
「よかったよ。これで」
沙南は、念を押すように言った。
冬に比べれば、日が沈むのが遅くなったけれど、それでももう暗い。
「ごめんね。帰り遅くなっちゃうね。気をつけてね」
私はこくりとうなずいた。
六時か。
あたりは暗くなっているけれど、ゴミ屋敷の猫が元気にしているか気になった。
今日のうちで、クラスのみんなと沙南とで合わせて十匹ほどの猫が新しい飼い主を得た。
すぐに、引き取ってもらえるだろう。
でも、その前に、元気かどうかちゃんと見ておきたい。
私は、ゴミ屋敷に足を運んだ。
みんな、ちゃんといた。
餌は持っていっているので飢えたりしてはいないと思うけど。
私が行くと、すぐに寄ってきてあまえ始める。
これだけ人になつくのなら、可愛がってもらえるよね。
私は。心の中で語りかけた。
おばあさんの家を出たとき、アリアドネ学び園の方をちらと見た。
まだ、あかりがついていた。
ついでだし、行ってみよう。猫の飼い主探しも、まだ半分残っている。
創馬君、猫好きかな。
ふと、そう思った。
「創馬君ね、研修でしばらく帰ってこないよ」
園長先生だろうか。この前のおばさんが出てきた。
〈研修、どのくらいかかるんですか?〉
「三週間だね」
研修、か。
そっか。創馬君、いないのか。
猫のことも聞いた。
〈猫をもらってくれませんか。飼い主を探しています〉
「猫ね。ああみんなに聞いてみるよ」
園長は言った。
どこか遠くへ行くのなら、一言でも伝えてくれたらよかったのに。
まあ、二回しか会ったことのない私に言う筋でもないか。
創馬君が私を特別に見てくれたら、と思ったけれど。
人は少ないし、創馬君以外に知り合いもいないのですぐに帰ることにした。
と、「おーい」
と声。
振り返ると、この前創馬君と話していた男の子がいた。
「創馬に頼まれたんだけど」
背が高くて、威圧的な印象を受ける。気が強い人なんだろうか。
「いや、頼まれてはいねえんだけど、ほいよ」
なんだか、ぞんざいに 紙を渡してくれた。
ガムについているメモだった。彼のポケットにずっと入っていたのか、ぐしゃぐしゃ。
「創馬がな、書いたやつ」
え、と私は声にならない音を漏らした。
園を出たあと、創馬君が書いたという小さな
メモを読んだ。
別に、私へ宛てたわけではないことが、読んですぐわかった。
読まれないことを前提に、書いたのだ。
だからこそ、本音。
きっと書いてすぐ、捨てるつもりだったのだ。
それを、読んでしまった。
一文字、一文字。
文字を拾うごとに、心臓が高鳴りを増して、さらに増していく。
春香。
この前どうしてすぐ帰ったの?
君が気になる
ステキだ
テ、の文字が、×で消されていた。
あの男の人がふざけてやったのかな。
それとも。