「坂口恭平」という貴重な財産
この本は、
「坂口恭平」という超生命体と躁鬱の病を抱えて生きる人間のドキュメントだ。


坂口恭平は躁うつ病という病を抱えているが、
その「病」という暴れ馬のプラスもマイナスも抱えた可能性を創造的に生きている。

彼の生き様を見ると、
人間が潜在的に持つ可能性の深さや広さを感じ、
絶望を凌駕する希望をも感じさせてくれる。


彼は、
自分一人で独占するには余りある才能を持っている(「独立国家のつくりかた」では、
自分だけではなく人間だれもが無尽蔵の可能性を持っているのだと、
一人一人のオリジナリティーを高らかに提案していた)。

彼は「坂口恭平」というシステムを家族全体に預けている。
時には社会全体に捧げている。
自分一人で悩みや病いを抱え込み独占するのではなく、
彼の周囲にいる人間みんなで「坂口恭平」というシステムをシェアしながら操縦していく。
それが彼なりの病気の付き合い方であり、
サバイバル指南書でもあると思った。
彼は一般的な意味で病を治療する概念そのものを放棄したのだ。
そして、
独自に改変し再定義した。
それは一人一人が自由に決めていいものなのだ。

「坂口恭平」という乗り物は、
時には飛行機となり空を飛び、
戦車となり道なき道をゆく。
時にはガス欠となり動かなくなり、
故障すると長期間の修理が必要となる・・・。
躁鬱病とはそういう転変し続ける状態の言い換えでもある。


平均的な人間は自我(Ego)を持つ。
自我は、
思い通りにならない人生を調整してゆく機能として生まれる。
受け入れがたい現実を受けいれるために、
自我は体験を分裂させ、
現実を投影し、
置き換え、
変形し、
抑圧したりする。

「坂口恭平」は、
病のためにそうした一般的な現実対応システムとしての自我(Ego)を持っていない。
それはいいとか悪いとかではなく、
彼の宿命や天命のようなものだ。
彼は暴れ馬のような躁鬱の状態を創造的に生きることを、
あるときに決めた。
それがこの本で書かれれている「坂口恭平」という内部闘争の記録でもあり、
人生という芸術作品の創造のプロセスでもあり、
天然自然が与えた自然治癒のプロセスでもある。
坂口恭平 躁鬱日記 (シリーズ ケアをひらく)

その他の感想

名作中の名作!
異常に安価なので期待はしていませんでしたが、案の定。
岸と安倍の政治的姿勢はまったく違う
模範訳例のレベルが高い
取り付け可能な場所か、よく確認すべし!
不良品に当たってしまいました。
赤ちゃんにプレゼントしました。
値段の割には、しっかりしています。
数字で話せる人になるための第一歩
取り急ぎ購入
一目惚れでした!
素晴らしいカード
懐かしさと新しさが入り混じる
出し入れがしやすい!
古いPCでも問題なく動作しました
結果よければ全てよし
音楽趣旨を知らない人からも反応あり
裏はこんなんですが・・・
長々とレビューしてますが笑 水分たっぷり!オススメです!
誤解を与える題目だ
いくらなんでも期限切れを売りつけるなんて…
メーカーの対応と販売店の対応が最悪でした。
はしゃぎながらを読んでからだと
小学校の劇で使用
松本さん表紙
Too thick
購入できてうれしい。
共鳴が増え、ウルフが減った。。
サーキット走行会の為に購入。
親近感が湧きます
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