史上最大の作家への転換点

１８３４年、
バルザックはこの作品を書き上げた夜、
興奮して叫
んだ。
「俺はものすごいことを考えついたぞ！　ついに俺は天才
になれるぞ！」　人物再出という手法を用いて、
彼は自分が書い
た小説を縦横に繋ぎあわせ、
人間喜劇という一つの世界を現出さ
せることを思いついたのだった。
歴史小説（「カトリーヌ・ド・
メディチ」等）とスエーデン・ボルグの影響を強く反映した幻想
哲学小説（「ルイ・ランベール」等）をそれまで書いていたバル
ザックはごく普通の小説家で終わる可能性が強かったが、
「ゴリ
オ」を書き上げた夜から、
混沌とした同時代の人間社会を描破す
る史上最大の作家へと変貌していった。


「ゴリオ」は単にエポックメーキングな作品であるだけではない
。
作品単体としても、
バルザックの多くの小説の中で間違いなく
５本の指に数えられる傑作だ。
僕がこの作品の前に読んだ「セザ
ール・ビロトー」もパリの商人社会を描いた異色作だが、
僕など
は「ゴリオ」の主人公ラスチニャックという若者の魅力分だけで
も、
こちらの作品により強く惹かれるものを感じる。
ラスチニャ
ックはフランス南部の田舎から出て来た当時２１歳の学生である
。
彼はメゾン・ド・ヴォーケという下宿の４階に住んでいた。
学
生といいながら勉強している場面は全く出てこない。
恐らくパリ
に出てきて１年目くらいは大学にも出席して少しは勉強もしたこ
とであろう。
親友の医学生ビアンションと知り合ったのも多分大
学に行っていた時期があったからだろうと推察される。
医学生ビ
アンションはメゾン・ド・ヴォーケに食事だけしに来ていた。
食
堂だけ外部の人に解放（レギュラー・メンバーに限るが）してい
たこういう風習もなかなか面白い。
だからこの下宿屋はマダム・
ヴォーケという女将がいて、
その下に料理人のシルヴィアという
大女と雑用係の男が働いていた。


ゴリオは製麺業で成功した人物だが、
早く妻を亡くした頃から人