「ボヴァリー夫人」論 (単行本) の感想

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参照データ

タイトル「ボヴァリー夫人」論 (単行本)
発売日販売日未定
製作者蓮實 重彦
販売元筑摩書房
JANコード9784480838131
カテゴリジャンル別 » 文学・評論 » 文芸作品 » フランス文学

購入者の感想

待望の『「ボヴァリー夫人」論』であるから、一気に読了した。

著者はかつて、吉本隆明との対談で、こう豪語していた。
――《わたしはたまたまギュスターヴ・フローベールを専攻しているわけですが、この領域で相手にすべき人間は世界に二十人といないわけです》(1980年)

じっさい、その後、散発的に発表されてきた蓮実氏の「ボヴァリー考」は、いずれも斬新かつ新鮮であった。
それだけにわたしは、本書の刊行を心待ちにしていたのだ。

本書の眼目は《ひたすら【『ボヴァリー夫人』という】テクストを読むこと》(141ページ)にある。
したがって、作者フローベールがいかなる意図をもってある文章を書いたのか……といった穿鑿は、いっさい排除される。
《作者フローベールがどれだけ意識的であったかは明らかではない》(633ページ)からだ。

そうして著者が読み込んだ『ボヴァリー夫人』は、じつに意外な貌を見せる。
わたしは『ボヴァリー夫人』を数回、読んでいるが、「エッ、そうだったの」という指摘が何か所もあった。
そのいくつかを列挙してみる。

(1)ヨンヴィルとルーアンを結ぶ乗合馬車は、第二部では外が見えない箱馬車とされているが、第三部では《街道筋の景色》(24ページ)がすっかり見えるように記述されている。

(2)世の批評家はよくヒロインを「エンマ・ボヴァリー」と呼ぶが、《この固有名詞は……「テクスト」のどこにも書きつけられてはいない》(28ページ)

(3)「ボヴァリー夫人」とはだれか。――《シャルルの母親と、彼の初婚の相手である年上の未亡人と、二度目の妻であるエンマ》(37ページ)をさしている。

(4)「僕」と語り始めた話者はテクストの途中で消えてしまう。では、物語を紡ぎだす話者とは何者か。――《『ボヴァリー夫人』は、あくまで一人称単数の話者によって語られる物語である》(130ページ)

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筑摩書房から発売された蓮實 重彦の「ボヴァリー夫人」論 (単行本)(JAN:9784480838131)の感想と評価
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