完璧な写真技法にもとづく「計算されたアート」。

シュールな作風で知られる米国の写真家、
ジェリー・ユルズマンの代表作を集めた作品集。
出版からやや年月を経た書籍だが、
作家の仕事歴と創作ペースに照らせば、
本書は今でも彼の代表作と見なせる。


内容はたいへん質が高い。
これは写真作品だけでなく、
書籍としての印刷クオリティや装丁までを含んでの印象。
特にレイアウトは「見開きの片ページに図版１点のみ」の原則が貫かれており、
その図版も写真の周囲に適切な余白が置かれている。
この余白との対比により、
鑑賞者はユルズマン作品に特有の静謐な世界に自然に引き込まれる。


いっぽう写真作品そのものについては、
彼の作風を知るものにとって格別な驚きはない。
ユルズマンの創作はすべて暗室内で完結しており、
デジタル合成などは一切使われていない。
このことが特別な意味を持つか否かは、
観る側の「写真観」によって左右される問題だが、
この作家がきわめて緻密な手法で創作を続けていることは評価せざるを得ないだろう。


個人的に、
そうした創作の姿勢には最大限の敬意を払いつつ、
しかしどこか違和感を禁じ得ないのは、
シュールレアリズムのアートというものが、
本質的に写真と相容れない部分を持つと考えるからだ。

ここに収められた作品を創るために、
作家が行った作業とは、
絵画などとは本質的に異なる、
計算にもとづく作業である。
彼は１枚の作品を構成する素材を、
撮影角度や距離、
そして露出に細心の注意を払って撮り溜め、
最終的にそれらを暗室で組み合わせる。
そしておそらくそのプロセスに、
情動とか偶然性は作用しない。
これはきわめて精密に設計されたアートであり、
蓋然性の産物なのである。


もちろん「計算されたシュール」に価値を見いだせる、
または違和感を感じない方にとっては、
これは他に類を見ない優れた作品集だろう。
私個人としてはどうしても共感しきれないのだが、
ひとつだけ積極的に評価したいのは、
ユルズマンの撮影技法と暗室テクニックが、
きわめてレベルが高いことである。

本作に収められた作品群の向こうに、
あのアンセル・アダムズのヨセミテ渓谷を観る人も多いだろう。
ここには米国の写真家の、
きわめて冷徹で計算された美の世界が、
確かに息づいている。