大衆に嫌悪感を抱く大衆
スペインの思想家・オルテガ・イ・ガセットによる『大衆の反逆』は、
1920年代くらいのヨーロッパのお話なのだが、
現代日本人にも当てはまるところがあり、
私じしん耳の痛い話も出てくる。
とほほ。


オルテガによれば、
社会というものは「大衆」と「少数者」から成ると言う。


オルテガの言うところの「大衆」とは、
「特別な資質を持っていない」p15、
「自分に対してなんらの特別な要求を持たない…自己完結への努力をしない」p18、
「平均人」p15のことであり、
「凡俗で生気のない生、
つまり自己の中に閉じこもり、
外部の力によって自己の外に出ることを強制されないかぎり永遠の逼塞を申し渡されている生」p91を生きている。
つまり無気力で受け身で漫然とぼーっと生きている人たちのことである。
堕落した人と言ってもよろしかろう。
「風のまにまに漂う浮標のような人々」p18か…。


一方で、
それに対するのが「選ばれた少数者」である。
彼らは「特別な資質を備えた」p15人たちで、
「他の人々以上に自分自身に対して、
多くしかも高度な要求を課」p17し、
「進んで困難と義務を負わんとする人々」p17である。
つまり「真の貴族」であり、
「つねに自己を超克し…既成の自己を超えてゆく態度をもっている勇敢な」p91な人たちである。
エリートと呼んでもいい。


ここで肝心なのは、
「大衆」と「少数者=貴族」の違いは、
社会的位置の高低ではない。
両者を分けるのは精神の構えである。
階層・階級ではなく、
考え方・生き方の問題なのである。
熱烈たる気概を有したものが「選ばれた少数者」なのである。
へらへらしているのが「大衆」である。
ニーチェの「末人」、
ハイデガーの「世人」みたいなものか。


困ったことに「大衆」どもは「少数者」の努力のたまものを当たり前のように享受し、
それに敬意を払わない。
それどころか自分たちがやったのだと勘違いし、
権利ばかりをがんがん主張する。
欲求はあるが自助努力はパスだから救いようがない。
その「大衆」が文明社会に突如躍り出る。
彼らはしょせん「未開人」であり「野蛮人」なのである。
これがタイトルにある「大衆の反逆」である。
大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)

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