名画は歴史を語る．

先行レビューにあるように美事な名画の解説です．何が美事か．一に二にも文章が良い．名画を褒める文章は先ず名文，明文でなければならない，と思います．リズミカルに進行し，読者を退屈させない．まことに快調な文章です．例を一つ挙げます．15頁から始まるドラドーシュの歴史画『ロンドン塔の王子たち』の説明です．この絵はカバーにも採用されていますから（本文に挿入されている絵は印刷が悪い），本の顔みたいなものです．王子たちは叔父すなわち後のリチャード三世によってロンドン塔に幽閉され，暗殺者の来襲に怯えているところ．

「さて，いよいよドラドーシュの歴史画．薄暗いロンドン塔の一室，大きな陰気なベッドの上で，エドワードとリチャード兄弟は身を寄せあっている．黒ビロードの光沢ある衣服や煌めく宝石より何よりもふたりの身分を明かすのは，その高貴な顔立ちと佇まいだ．美貌できこえた父王と母妃に似て，麗しい子どもたち．もうどのくらい閉じ込められているのだろう．---中略---物思いに耽る兄が視線を彷徨わせる直前まで，弟は聖書の一節を声に出して読んでいたに違いない．ふとただならぬ気配を察し，不安げに目を上げ，肩越しにふりかえる．同時に足下の飼い犬が四肢をふんばり，左奥の扉に向かって吠えだした．もはや逃れる術はない．扉の下のわずかな隙間から差し込む明かりに，何者かの影が見えている．軋む扉を押し開け，暗殺者はどんな顔つきで入ってくるのだろう・・・．」

シェイクピアの『リチャード三世』を知る人は吠える犬がリチャード三世のシンボルだと知っています．王子たちはやがて王位継承権のない庶子だと判定され，リチャード三世が誕生します．この子たちの遺骨が最近ロンドン塔の敷地内で見つかっているとネットで私は知りました．