涙が止まらない

著者エヴァ・シュロッスは､アンネ・フランクと同年齢の女性である。

アンネと同じころ､アムステルダムでナチスに逮捕され､収容所に送られる。

奇跡的､という言葉以上の言葉が日本語にないので使わざるを得ないが､本当に奇跡的にアウシュビッツを生き延びている。

そして､戦後４０年して､重い口を開く。


かつて日本軍も､韓国､中国で暴虐を働いた歴史があったが､ナチスの働いた圧倒的なサディズムの前には霞んで見える。

エヴァならずとも､神がいるのならば「どうしてこのような残虐を許すのですか」と問い質したかった。


エヴァの勇気ある述懐に感謝したい。
淡々とした語り口の原文､そして飾り気のない､しかし丹念な和訳はエヴァの心情を静かに､冷静に伝えている。

何度も立たされる絶望の淵とかすかな望み。

ただ「生きたい」という強い思いだけが､わずかな生をつなぐ。

権力の側にも優しさを失わなかった人と､苦難を分かつべき同胞にも非情な人がいたことを知る。

極限の状況下で､すべての人が試されている。


落ち着いた日々を得たエヴァは､アンネ・フランクの父､オットー同様ナチスに対する憎しみは消えている。

エヴァは､その後結婚して３人の娘をもうけ､夫を亡くした母､フリッツィは､オットー・フランクと再婚する。


人は苦難に遭って､より優しくそして強くなる人と､一方で無慈悲で残虐になる人もいるのだろうか。

イスラエルの無差別攻撃で廃墟となったガザ地区と家族を失って呆然とするパレスチナの人たちの映像が流れる。


私自身､戦争での苛酷な経験があるわけではないが､エヴァの貴重な記録を自らの共有体験として涙を流し､心を洗うことができることをこの上なく有難いと感じている。

中途半端に終わった「アンネの日記」を完結する書として､強く推薦する。