自ずから表出する姿に於いて世界を語る
ヴィンフリート・ゲオルク・ゼーバルトの著作を特徴付けるのは、
世界に対面する者としての作家の矜持、
謙虚、
そして明視感でしょうか。
世界を自我の照射の陰影として語るのではなく、
世界が自ずから表出する姿に於いて語ること、
それがゼーバルトの語りの流儀であり意義であるかもしれません。

本書に於いてもゼーバルトは、
『アウステルリッツ』、
『土星の環』といった著作に於いてと同様に、
時間と空間の制約から解かれて世界の周縁に歩を進める慧眼の旅人のようです。
コルシカ島を歩み死の在り方に思いを馳せ、
先の大戦に於いてドイツ文学が犯した罪科について語るゼーバルトの立ち位置は、
対象に圧倒される程の近くでもなく、
対象を捕捉できない程の遠くでもない、
対象をそれ自身に於いて捉え得る絶妙な距離感と言えます。
それに加えて、
可能な限り恣意を排した透徹した視線と冷徹な思惟が、
自我の産物であるところの世界ではなく、
恰もそれがそうあり、
これからもそうであるかのような姿で世界を把握することを可能にしています。
世界を捉える芸術の一形態としての文学は、
ゼーバルトにあってはその極北として働いています。

他の作家の成し得ない方途で世界に対面し、
世界を語り続けたゼーバルトが喪われたことは、
余りにも大きい損失です。
世界には未だ語られていないことが多くあるのでしょう。
或いは世界は既に語っているのに耳を傾けられていないのかもしれません。
読み手と言えども責任を免れ得るものではないこと、
読み手も潜在的には書き手であり、
矜持と謙虚を以て世界に接しなくてはならない、
本書を読み進める折々にそのようなことが自戒の念と共に思われました。

本書を繙く前と後では世界の佇まいが全く異なるように見えますが、
それはもしかしたら、
歪視のもとで濁り歪んで見えていた世界に代わり、
世界が自ずからそうあるところの姿が現われたということなのかもしれません。
カンポ・サント (ゼーバルト・コレクション)

その他の感想

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