ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書) の感想

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タイトルハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書)
発売日販売日未定
製作者矢野 久美子
販売元中央公論新社
JANコード9784121022578
カテゴリジャンル別 » 社会・政治 » 政治 » 政治入門

購入者の感想

ハンナ・アーレント(1906〜1975)に関して、かねがね私が知りたいと思っていたことが、3つある。1つは、若き日のハイデガーとの恋愛が彼女にどういう影響を与えたのか。もう1つは、アーレントの思想とはいかなるものなのか。最後の1つは、アイヒマン裁判を通じて彼女は何を訴えたかったのか――である。

『ハンナ・アーレント――「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(矢野久美子著、中公新書)は、この3つの問いに的確な答えを示してくれた。

第1の問いに関して――「ハンナがマールブルク大学への入学を決めたころ、マールブルク大学には『思考の国の隠れた王』がいるという噂が、哲学を志すドイツの学生たちのあいだで広まっていた。マルティン・ハイデガー(1889〜1976)のことである」。「ハンナ・アーレントもハイデガーの磁力に引き寄せられた学生の一人だった」。「恥ずかしがりやで引っ込み思案で、心をうたれるほど美しい姿と寂しい瞳をした」「強烈さ、自律性、直観的才能、ことがらの核心を発見する力、それを探る力」を備えた18歳のアーレントは、17歳年上で妻子がいるハイデガーとの秘められた恋に落ちる。そして、1年半後に彼のもとを去る決心をする。

アーレントは、師との恋愛から25年が経過した1950年、17年ぶりでハイデガーと再会する。「ハイデガーの学生として思考へと導かれた日々に感謝しながらも、アーレントは全体主義をその身にこうむった自身の時代経験によって、その(ハイデガーの)思考とは一線を画さざるをえない」というのが、アーレントが辿り着いた結論であった。

アーレントはハイデガーだけでなく、カール・ヤスパース、ヴァルター・ベンヤミン、エリック・ホッファーといった哲学者・思想家とも親交を重ねている。1940年、アメリカへの亡命の途中、状況に絶望したベンヤミンは自殺してしまう。この直前にベンヤミンから託された原稿「歴史哲学テーゼ」(「歴史の概念について」)を携えて、アーレントはフランスからアメリカへの亡命を果たす。

ユダヤ人哲学者であるハンナ・アーレントの生涯と、彼女の思想を掘り下げる。「全体主義の誕生」や「人間の条件」は正直よく分からなかったが、「イェルサレムのアイヒマン」や、その前段のリトルロックの高校事件についてのアーレントの意見表明を読んで、人の意見に流されず、自分で思考することの大切さを感じた。私の理解だが、「社会や公共性は複数の人間とその考えで成り立つ。社会が単一の意見になる時、『社会』は消滅する。集団の意見に無思考に追随せず、個人同士で論争することが重要」であると、アーレントは考えている。人や人間の思想の複数性が、社会の維持を担保している。

ファシズムの熱狂するドイツを見たアーレントは、差別には反対しても、反差別の行動のあり方については必ずしも賛成しなかった。それがアイヒマン裁判であり、リトルロック高校事件だった。公民権運動の一環として、人種融合教育を求めたリトルロック事件で、進歩的な知識人が軒並み黒人の運動に賛同する中、アーレントは反対した。「黒人と白人が同じ教育を受けるのは当然だが、反差別の大義のために、子どもを運動の矢面に立たせるのはいいのか。黒人全体の利益でも、当の子どもの幸福に寄与しているのか」と問うた。この危惧は当っていた。晴れて入学した9人の黒人生徒は白人からのいじめに遭う。「入学までの嫌がらせは耐えられたが、いじめは辛かった」と学生は語る。何人かの学生は退学した。

「イェルサレムのアイヒマン」はこの考え方がさらに貫かれる。ホロコーストの責任を問われたアイヒマンの裁判を傍聴したアーレントは「何を考えもせず、単に命令を実行した凡庸な男」と記す。「ナチスは悪の権化。アイヒマンは極悪人」という考え一色だった世界、とりわけユダヤ人社会を激怒させ、彼女はほとんどの友人を失った。それでもアーレントは、「ホロコーストを生んだ要因はファシズム自体よりも、それに無批判に追随した社会なり個人ではないか。そして悪に追随する危険は過去のものではない」と考えた。

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