Black Water の感想

　車ごと真っ黒い川（Black Water）の中に転落、同乗していた若い女性ケリーは、つぶれた車体の中で身動きがとれない。少しずつ泥水が侵入し、彼女は「こんなことで死んでしまうの？」と繰り返しつぶやく。運転者は著名な上院議員。飲酒運転だった。彼は運転席側の開いたドアから泳いで逃げる。助手席の彼女を踏み台にし、脱げた片方の靴をそこに置いたまま。主人公ケリーは彼が助けを連れて戻って来ると信じ、待ち続ける。しかし彼が戻ってくることはない。
　故エドワード＝ケネディ上院議員が起こした交通事故の実話をもとにしたフィクション。本書は事件の経緯や事実を詳細に知りたい諸氏には向かない。これは不本意にも若くして命を奪われた被害者への優れた鎮魂の書である。中年の政治家が自己保身のために、２６歳のきらめく人生を、汚れた黒い水の中置き去りにして消してしまう。この理不尽をどうしても訴えたかった作家オーツの目論見は見事に成功している。