「編集手帳」の文章術 (文春新書) の感想
参照データ
タイトル | 「編集手帳」の文章術 (文春新書) |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | 竹内 政明 |
販売元 | 文藝春秋 |
JANコード | 9784166608966 |
カテゴリ | 人文・思想 » 言語学 » 日本語・国語学 » 日本語研究 |
購入者の感想
冒頭で作者は自分を『文章の海に落ちた猫』と称します。六十がらみの男が、自分を猫と言う時点で黄色信号です。
文章を書く上での注意点など、勉強になるところも多々あります。
しかし名文とは言い難く、いい文章を書こうと、文章をこねくり回すうち、こねくり回す方が目的(趣味?)になった感じです。
コラムの例として死者への追悼文が出てきますが、墓標へ供える花の色について迷う、という書き方をします。
かなり浮世離れしている印象です。
文章を書くのが仕事なのだそうですが、それだけだとお公家さんの芸事になってしまうな、という感じが全編通してします。
ただ作者自身がいじめの問題を考えると頭に血が上り、書くことに冷静でいられないとあります。
作者のいじめに関するコラムは、確かに冷静ではなくいじめられっ子に投げかける言葉は直情的です。
しかし全体を読んでみて、趣味ではなく心のこもった文章だな、と思ったのはいじめのコラムだけでした。
戦争犠牲者など、いじめ以上に悲惨な事件などのコラムもあるのですが、いじめの文章に比べると素っ気ないものです。
文章を書く上での注意点など、勉強になるところも多々あります。
しかし名文とは言い難く、いい文章を書こうと、文章をこねくり回すうち、こねくり回す方が目的(趣味?)になった感じです。
コラムの例として死者への追悼文が出てきますが、墓標へ供える花の色について迷う、という書き方をします。
かなり浮世離れしている印象です。
文章を書くのが仕事なのだそうですが、それだけだとお公家さんの芸事になってしまうな、という感じが全編通してします。
ただ作者自身がいじめの問題を考えると頭に血が上り、書くことに冷静でいられないとあります。
作者のいじめに関するコラムは、確かに冷静ではなくいじめられっ子に投げかける言葉は直情的です。
しかし全体を読んでみて、趣味ではなく心のこもった文章だな、と思ったのはいじめのコラムだけでした。
戦争犠牲者など、いじめ以上に悲惨な事件などのコラムもあるのですが、いじめの文章に比べると素っ気ないものです。
限られた文字数のコラムのなかで、より読者に伝わる文章を書くにはどういった工夫が必要か、が軽妙洒脱に解説されており大変面白い本でした。
この本で真剣に文章術を身に付けようと気構えるのではなく、日々、文章作りに楽しみながらも苦悩する著者のエッセィとして読むのが良いと思います。
私が気づいたなかで、一箇所、記述間違いではないかと感じた点がありました。
P.136 12〜14行目。
年月……「ねんげつ」「としつき」(「ねんげつ」と読ませたいときは「歳月」と言い換えています。「としつき」と読ませたいときは「年月」ですが、これはあまり使いません)
とありますが、「歳月」と「年月」が逆になっているのではないでしょうか?
この本で真剣に文章術を身に付けようと気構えるのではなく、日々、文章作りに楽しみながらも苦悩する著者のエッセィとして読むのが良いと思います。
私が気づいたなかで、一箇所、記述間違いではないかと感じた点がありました。
P.136 12〜14行目。
年月……「ねんげつ」「としつき」(「ねんげつ」と読ませたいときは「歳月」と言い換えています。「としつき」と読ませたいときは「年月」ですが、これはあまり使いません)
とありますが、「歳月」と「年月」が逆になっているのではないでしょうか?