まずは類書を読んだ方が良いです

　本書はTim Spector: Identically different: Why you can change your genes. London; Weidenfeld & Nicolson, 2012.の邦訳です．

　著者は双子研究を専門とする研究者であり，DNAが全く同じである一卵性双生児でも性格や病気の罹りやすさなどが異なる場合があること，それにはエピジェネティックな機構が関わっていることを具体的事例と最近の研究から示していきます．つまり，人間の運命は遺伝子によって完全に決まっているのではなく，体験や環境の影響も受けるということが本書のテーマです．扱う話題は幸福感，運動や音楽の才能，信仰心，育児方法が子供に及ぼす影響，犯罪を犯す傾向，肥満，癌や自閉症の罹りやすさ，同性愛，浮気と性欲，体内の細菌叢，クローンと多岐にわたります．以前スティーブン・ピンカーの『人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)』を読んだ時，一卵性双生児は死刑や宗教などに対する意見，ギャンブルや離婚や犯罪歴といった行動まで一致することが多いという記述に強い印象を受けましたが，本書によってこれは事実の一面に過ぎないことを知りました．

　ただし，本書にはいくつかの欠点があります．まず，分子レベルでの現象などエピジェネティクスそのものに関する記述はわずかであり，この本を読んでもエピジェネティクスとは何かを理解するのは困難です．また，育児や細菌叢やクローンの章はエピジェネティクスとはあまり関係がなく，散漫な印象を受けます．更に，紹介される話題の多くは類書と重複している上，エピジェネティクスについて知るためには類書の方が優れているため，私としては本書はあまりお勧めできません．