当たり前のことを当たり前のこととして考える姿勢を、我々はいつ喪ったのか?
著者は、
和語と漢語の、
すなわち日本語散文の見事な使い手である。
「蟹」や「桃」を読めば、
味という人間の最も感覚的なものの一つを、
著者がどのように捉え、
描写するかがよくわかる。
その文章の妙を味わうだけでも本書を読む価値は充分にある。
更に、
ユダヤ人問題、
より広く人種差別の問題、
歴史認識の問題について等々、
物議をかもしそうな問題が次から次へと話題にされている。
戦争の問題のように、
徹底的に具体的な数値にこだわる必要性を論じる場面もあれば、
軍人の地位によって、
それぞれの戦争観が形づくられることを考察の中心に据えることもある。
人の意表を突く意見になるのは、
著者が物事を視る眼が有形無形のタブーに曇らされていないからだろう。
過激な表現がされているものばかりではないが、
当たり前のことが当たり前のこととして述べられている。
読者は、
そのような文章に接することが如何に少ないかということに思いあたるのではないか。
著者は、
『陽気な黙示録』という書名について触れ、
当時は、
「その腐れ果てたやばさは未だ幾らか愉快でさえあった」からだと述べる。
だが、
それ以後の世界が、
「いやこれはもう大真面目に恐ろしい世の中だ」と感じざるを得なくなった。
それらの経緯を述べた巻頭の文章が、
『私たちは笑いながら死んで行く』と題されているところに、
現在に対する著者の想いが端的に表れている。
当たり前のことを当たり前のこととして考える姿勢が、
己の中で喪われていたことを痛切に感じる。
本来、
本を読むということが、
如何なることであったかを思う。
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