変装した天使

　「マタイによる福音書」に「あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、
あなたが使う尺であなたは計られるだろう」とあります。


　不思議なのは、
自分は絶対正しいと信じて、
未婚の娘を妊娠させたクローディオに、
姦淫の罪で死刑を宣告した公爵代理のアンジェロが、
人を裁いたとたんに、
あろうことか命乞いに訪れた被告の妹イザベラに劣情を抱き、
みずからが姦淫の罪を犯してしまうことです。
そして最終的にこの悪事が明らかになって、
死刑を宣告したアンジェロ本人に、
まるで引き寄せられたかのように、
死刑が申し渡されてしまうことです。


　つまり自分がどんなに正しいと自惚れても、
「まるで怒った猿のように、
天に向かって愚かな道化ぶりを演じては」天使たちを泣かせたり、
笑い死にさせたりしているだけなのです。
それでも神は、
そんな人間を憐れんで、
常に許してくださっています。

　不完全な存在である私たちは、
なおさら謙虚にお互い許しあう必要があるわけですが、
それが容易にできないからこそ、
地上にいさかいが絶えないのでしょう。


　「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」というキリストが繰り返した訓戒は、
時に苛酷な姿をとります。
あなたの兄弟が殺されたら、
それでもあなたは、
その殺人を犯した隣人を、
許し、
愛することができるでしょうか？

　シェイクスピア劇におけるこの世離れした大団円は、
私たちに天上の極まりない慈悲の美しさをかいまみせてくれます。


　アンジェロの妻の命乞いに心を動かされたイザベラは、
兄が死刑になったにもかかわらず、
ひざまずきます。
「慈悲深い公爵様、
どうかこの人への宣告を、
兄が生きているとお考えになってご再考ください」と。
やがて実は、
兄は生きていることがわかり、
ここではもはや誰一人裁かれるものはいないのです。

　このドラマの中で、
修道士に変装し、
神さながらに全てを見通していた公爵は、
この天上の法廷のような舞台の上で、
我が子に呼びかけるように言うのです。
「アンジェロ、
罪は消えたぞ」「おまえのことはもう許す気持ちでいっぱいだ」と。


　最後に、
公爵から結婚を申し込まれた幸いなるイザベラは、
公爵の愛や領地と共に、
聖書にいう「神の国」を得たのです。