宇沢弘文の人柄と学問とを一体化したものとして描き出す。

　岩波書店の編集者・経営者として「ほぼ三〇年間、
宇沢の仕事に伴走してきた(p.10)」著者による、
宇沢弘文思想の入門書。

　序章と第一章では、
宇沢の研究者人生の始期と、
アメリカにおける数理経済学者としての華々しい活躍を描く。

　第二章以降では、
日本帰国後の宇沢が、
自動車・公害・成田空港・地球温暖化などの問題へ積極的に取り組んだこと―しかも、
それは（例えば公害問題について）原田正純をして「今迄のどの研究者よりも被害者の立場に立った意見や分析が多かった(p.80)」と言わしめるものだった―と、
それらを理論化することで「社会的共通資本」を軸にした経済学体系を打ちたてようとした、
その苦闘と成果を紹介していく。

　宇沢や関係者の文章を多く引用しながら宇沢の学問上の足跡をたどるとともに、
著者が直接間接に知ったエピソードによって宇沢の人柄を浮かびあがらせる。

　「宇沢の場合、
その人柄と学問は一体化したもので、
両者を切り離すことはできない……この点にこそ、
宇沢の仕事の偉大さと素晴らしさがある(p.10)」と著者は述べる。

　確かに、
弱者に寄り添うという生き方と、
新古典派経済学の枠組みの中で最先端の学問を切り開いていくという生き方を「切り離して」両立させることも可能だったろうし、
新古典派経済学のあり方に人生の方を沿わせていく（いわば「経済人」的に生きていく）こともあり得ただろうに、
宇沢はそうしなかったのだということが本書を読むとよく分かる。

　それは「日本の社会がこれだけ混乱しているときに、
ひとり数学を勉強しているのは人間として苦痛です(p.23)」と経済学に専攻を変えた宇沢が、
その初志を最後まで保持し続けたということであるし、
cool head と warm heart を切り離さなかったと言ってもいい。

　宇沢の、
マルクス主義への親近感や、
社会主義・中国に対する高い評価（それは、
天安門事件により最終的に裏切られるのだが）、
あるいは、
宇沢の数理経済学者としての著作『経済解析 基礎篇』について、
岸本重陳ですら「理解できない部分が半分はある(p.43)」と書いているとか、
「！」と思う箇所も少なくない。