平易な文体で難解なことがらを

「存在は存在しない」―ハイデガーによって存在論的差異として定式化される、
この単純にしてひどく奇妙な命題をめぐってひたすら書かれた一書。
適宜東洋思想の知見もおりまぜながらハイデガー全集の樹海を縦横無尽にかけめぐる本書は、
消化不良をおこしがちなハイデガー研究という枠にはとてもおさまらない、
他と一線を画す独特な研究書であると言える。

いわゆる「転回」以降ますます読者をつきはなすかのようにその晦渋さをきわめるハイデガーの思考が、
夢とうつつが交差する各人の生の現場に受肉する閃光のような瞬間を小気味よい平易な文体でつづる著者の力量には平伏するよりほかはないけれども、
人によっては、
著者の過度な読み込みを疑うむきもあるかもしれない。

個人的には、
「存在論は権力の哲学である」と喝破し「存在の彼方へ」を標榜するレヴィナスが、
じつはハイデガーがみとどけたのと同じ風景をめぐって思考をつむいでいたのではないか、
ということについて論じた28節が印象に残った。