君こそすべて~デイヴィッド・フォスター&フレンズ ライヴ の感想
参照データ
タイトル | 君こそすべて~デイヴィッド・フォスター&フレンズ ライヴ |
発売日 | 2009-01-14 |
アーティスト | デイヴィッド・フォスター・アンド・フレンズ |
販売元 | Warner Music Japan =music= |
JANコード | 4943674084616 |
Disc 1 : | 「セント・エルモス・ファイア」~愛のテーマ (デイヴィッド・フォスター・フィーチャリング・ケニー・G) ホーム~きみのもとへ帰りたい (マイケル・ブーブレ・アンド・ブレイク・シェルトン) アイ・ハヴ・ナッシング/アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー (シャリース) 明日に架ける橋(ブライアン・マックナイト・アンド・ジョシュ・グローバン) サムホエア(キャサリン・マクフィー) 燃えつきて(ボズ・スキャッグス) 繝ッ繧、繝ォ繝峨ヵ繝ゥ繝ッ繝シ(繝悶Ξ繧、繧ッ繝サ繧キ繧ァ繝ォ繝医Φ) 素直になれなくて/君こそすべて/グローリー・オブ・ラヴ (ピーター・セテラ) アマポーラ(アンドレア・ボチェッリ) アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン(ブライアン・マックナイト) ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー(セリーヌ・ディオン) ザ・プレイヤー(アンドレア・ボチェッリ・アンド・キャサリン・マクフィー) アイ・ウィル・ビー・ゼア・ウィズ・ユー(インストゥルメンタル)デヴィッド・フォスター * Bonus Track |
Disc 2 : | アンドレ・アガシ 紹介 (アンドレ・アガシ) 「セント・エルモス・ファイア」~愛のテーマ(デイヴィッド・フォスター・フィーチャリング・ケニー・G) 好きにならずにいられない(デヴィッド・フォスター) シーズ・ア・ビューティ/マン・イン・モーション(マイケル・ジョーンズ) モーニン/アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン(ブライアン・マックナイト) バーブラ・ストライサンド ビデオ・コメント(バーブラ・ストライサンド) サムホエア(キャサリン・マクフィー) スルー・ザ・ファイア (レネー・オルステッド) ガット・トゥ・ビー・リアル(シェリル・リン) ワイルドフラワー(ブレイク・シェルトン) アーバン・カウボーイ ビデオ(アーバン・カウボーイ) 燃えつきて(ボズ・スキャッグス) ジョジョ(ボズ・スキャッグス) チョコレート・レッグス(エリック・ベネイ) 素直になれなくて/君こそすべて/グローリー・オブ・ラヴメドレー(ピーター・セテラ) アマポーラ(アンドレア・ボチェッリ) ビコーズ・ウィ・ビリーヴ(アンドレア・ボチェッリ) ザ・プレイヤー(アンドレア・ボチェッリ・アンド・キャサリン・マクフィー) アストゥリアス(ウィリアム・ジョゼフ) ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー(セリーヌ・ディオン・アンド・デイヴィッド・フォスター) アイ・スウェア(ベイビーフェイス・アンド・ケヴォン) フィーリング・グッド(マイケル・ブーブレ) ホーム~きみのもとへ帰りたい(マイケル・ブーブレ・アンド・ブレイク・シェルトン) ラスト・ダンスは私に(マイケル・ブーブレ) ケビン・コスナー ビデオ・コメント(ケビン・コスナー) アイ・ハヴ・ナッシング/アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー(シャリース) アラ・ルチェ・デル・ソレ(ジョシュ・グローバン) 明日に架ける橋(ブライアン・マックナイト・アンド・ジョシュ・グローバン) ユー・レイズ・ミー・アップ(ジョシュ・グローバン) ガット・トゥ・ビー・リアル(オール) |
カテゴリ | » ミュージック » ジャンル別 » ポップス |
購入者の感想
DVDがメインとなりますが、CDも重視するのであれば、新曲(JALオリジナル曲)入りは日本国内盤だけです。
この方のライブ映像は、かなり貴重だと思います。しかもとてもゴージャスなステージ!
まずは、CDを聞いてからコンサートを見ることを、おすすめしたいです!
以下、彼について参考メモです。
<デヴィッド・フォスターについて>
さて、デヴィッド・フォスターの最初のヒット曲は、
1973年、スカイラークというバンド時代の『Wildflower』(全米HOT100でトップ10入り)、このアルバムに収録されています。
その後、スタジオ・ミュージシャンとしてUSで活躍
80年には、ジェイ・グレイドンとエアプレイを結成しAOR名盤をリリース、
EW&Fがヒットさせた After the Love has goneを直後に録音。
この80s前半では、TOTOのメンバー同様に、AOR周辺でのプレイヤーとして大活躍(ありすぎて省略)
82年、プロデューサーとして友人ビル・チャンプリンが加入した
⇒シカゴ『16』(『17』『18』も)のアルバムをプロデュース、ピーター・セテラと共作した
⇒素直になれなくて hard to say i’m sorry がナンバー・ワンを記録、このバンドを復活させました。
85年、映画『セント・エルモス・ファイア』のサウンドトラックをプロデュース
愛のテーマがヒットし、新人ジョン・パーと共作のメイン・テーマはナンバー・ワンに。
88年、自身のアルバムからのインスト曲⇒WinterGamesがヒット、各国ニュースのBGMで頻繁に使用される。<オリンピック公式テーマ曲は2002年ですでに3曲>
90年代以降
セリーヌ・ディオンの英語アルバム・デビューでプロデュース。
映画『ボディーガード』サウンドトラックでは、ドリー・パートン82年のi will always〜(カントリー・チャートでは1位)を見事なアレンジとプロデュースによりHOT100で見事ナンバー・ワン・ヒットに輝かせた。
この方のライブ映像は、かなり貴重だと思います。しかもとてもゴージャスなステージ!
まずは、CDを聞いてからコンサートを見ることを、おすすめしたいです!
以下、彼について参考メモです。
<デヴィッド・フォスターについて>
さて、デヴィッド・フォスターの最初のヒット曲は、
1973年、スカイラークというバンド時代の『Wildflower』(全米HOT100でトップ10入り)、このアルバムに収録されています。
その後、スタジオ・ミュージシャンとしてUSで活躍
80年には、ジェイ・グレイドンとエアプレイを結成しAOR名盤をリリース、
EW&Fがヒットさせた After the Love has goneを直後に録音。
この80s前半では、TOTOのメンバー同様に、AOR周辺でのプレイヤーとして大活躍(ありすぎて省略)
82年、プロデューサーとして友人ビル・チャンプリンが加入した
⇒シカゴ『16』(『17』『18』も)のアルバムをプロデュース、ピーター・セテラと共作した
⇒素直になれなくて hard to say i’m sorry がナンバー・ワンを記録、このバンドを復活させました。
85年、映画『セント・エルモス・ファイア』のサウンドトラックをプロデュース
愛のテーマがヒットし、新人ジョン・パーと共作のメイン・テーマはナンバー・ワンに。
88年、自身のアルバムからのインスト曲⇒WinterGamesがヒット、各国ニュースのBGMで頻繁に使用される。<オリンピック公式テーマ曲は2002年ですでに3曲>
90年代以降
セリーヌ・ディオンの英語アルバム・デビューでプロデュース。
映画『ボディーガード』サウンドトラックでは、ドリー・パートン82年のi will always〜(カントリー・チャートでは1位)を見事なアレンジとプロデュースによりHOT100で見事ナンバー・ワン・ヒットに輝かせた。