サイレント・ストーリーズ の感想

もし誰かが、うたもので最も“サイレント”である作品を探しておられ、その中に音楽的な深みも求めている方がいたなら、私はこの作品をいちばんに薦めるかもしれません。今作は癒しの声で有名な彼女が10年間表してきた音楽の集大成であり、金子飛鳥を迎えヒーリングの側面を極めながら、うたい手としての豊かさも発揮した作品だからです。癒し、と言うともはや陳腐な先入観を抱きがちですが、金子氏と彼女が作った音たちはそこを越え、当に中庸のしなやかさにこそ宿る美しさに満ちているのです。そこにじわりと宿る深みがありました。

ウイスパー、でありむしろ霧のように清楚な歌声。そっとこころへ浸透してくるようなタッチ。それでいてからだに入ると水が満ちてゆくような透明な豊かさ。10年目の素敵なうたごえに乗せられたのは1. Mais Que Nada 2. True Colors 3. So Danco Samba 4. Black Orpheus 5. My Foolish Heart 6. Bridges 7. 蘇州夜曲 8. I Will Wait For You 9. Mid Summer’s Spring 10. Love Me Tender 11. My Romanceと、彼女らしくジャンルを越えたうたたち。1のパーカッションとの調和やボサノバの名曲3との相性のよさなど、ラテン、ブラジル音楽をそのこえに宿したときの心地よさは今作の聴き所です。特に破裂音における清潔さや、余白を作りながらその声を引き立てる金子氏のシンプルな彩りが、素朴でいいんです。

シンディ・ローパーの名曲2や、サウダージの吹く4、そしてビル・エヴァンスの指先のタッチに最も近い子音を発するこえなのではと思える5の静寂の作り方などは、今作を代表する名演奏でしょう。7の一番だけうたって止めた中に残った余白へ8が静かにやってくる流れもたまりません。