ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体 (幻冬舎新書) の感想
参照データ
タイトル | ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体 (幻冬舎新書) |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | 原田 曜平 |
販売元 | 幻冬舎 |
JANコード | 9784344983366 |
カテゴリ | ジャンル別 » ビジネス・経済 » 経済学・経済事情 » 経済学 |
購入者の感想
広告代理店の若いマーケターが書いた、ヤンキー的文化に関する考察の書。現在のヤンキーは従来の不良文化の
反社会的なヤンキーとは微妙に文脈を変え、仲間内向き、現状肯定的、地元密着的な行動をとる消費者群になっているとし、
これをマイルドヤンキーと総称する。そして、その消費行動や生活意識を独自調査からぶち上げ、マイルドヤンキーこそが
今後の消費の主役になるので、企業は彼らを積極的に活用して行くべし、と謳うアジテーションの一冊である。
ごく少ないデータから仮説をぶち上げ、マイルドヤンキーとセンセーショナルなレッテルを貼る。途中に頻繁に挟み込まれる
マトリックスやヤンキー1.0、2.0などというバズな用語も含め、まさに広告代理店的プレゼンテーションの作り方そのもの
だと感じる。社会学的な回りくどい論証は省き、まずはヤンキーのマイルド化ありきで、各種データを集めて組み立てられる
論理展開。下世話なエンタテインメントとして読むならばそれなりに面白い。また筆者ならびにプロジェクトチームは
同世代の観察をこの本に発展させたようだが、ここまで同世代を他者と割り切って観察対象にするのならば、それはそれで
小気味よさも感じる。
ただしそれは珍妙な動物を観察するような、あるいは知識層が自分より下の階層を見下して楽しむような、薄ら寒い悪意を
感じる視点でもある。そしてその悪意は、この若者の消費離れの時代にあって、マイルドヤンキーこそがマーケティングに
乗せやすい愚民であり、彼らをマネタイズすることこそが美味しいビジネスである、という、本書の核心へと向かう。
マイルドヤンキーと分かりやすい用語で定義したところはよかったと思う。しかし結局彼らを搾取の対象としてしか
定義できなかったところが、社会学ではなくアジテーションである本書の限界なのだと感じる。
彼らと同じ目線にたてば、例えばこれを起点に地域コミュニティの再生を論じてみたり、新しい労働価値を提示してみたり、
とか、若者の新しい可能性を提唱する機会にもできたと思う。しかし広告代理店のエリートにとって、マイルドヤンキーは
反社会的なヤンキーとは微妙に文脈を変え、仲間内向き、現状肯定的、地元密着的な行動をとる消費者群になっているとし、
これをマイルドヤンキーと総称する。そして、その消費行動や生活意識を独自調査からぶち上げ、マイルドヤンキーこそが
今後の消費の主役になるので、企業は彼らを積極的に活用して行くべし、と謳うアジテーションの一冊である。
ごく少ないデータから仮説をぶち上げ、マイルドヤンキーとセンセーショナルなレッテルを貼る。途中に頻繁に挟み込まれる
マトリックスやヤンキー1.0、2.0などというバズな用語も含め、まさに広告代理店的プレゼンテーションの作り方そのもの
だと感じる。社会学的な回りくどい論証は省き、まずはヤンキーのマイルド化ありきで、各種データを集めて組み立てられる
論理展開。下世話なエンタテインメントとして読むならばそれなりに面白い。また筆者ならびにプロジェクトチームは
同世代の観察をこの本に発展させたようだが、ここまで同世代を他者と割り切って観察対象にするのならば、それはそれで
小気味よさも感じる。
ただしそれは珍妙な動物を観察するような、あるいは知識層が自分より下の階層を見下して楽しむような、薄ら寒い悪意を
感じる視点でもある。そしてその悪意は、この若者の消費離れの時代にあって、マイルドヤンキーこそがマーケティングに
乗せやすい愚民であり、彼らをマネタイズすることこそが美味しいビジネスである、という、本書の核心へと向かう。
マイルドヤンキーと分かりやすい用語で定義したところはよかったと思う。しかし結局彼らを搾取の対象としてしか
定義できなかったところが、社会学ではなくアジテーションである本書の限界なのだと感じる。
彼らと同じ目線にたてば、例えばこれを起点に地域コミュニティの再生を論じてみたり、新しい労働価値を提示してみたり、
とか、若者の新しい可能性を提唱する機会にもできたと思う。しかし広告代理店のエリートにとって、マイルドヤンキーは