詩への小路 の感想
参照データ
タイトル | 詩への小路 |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | 古井 由吉 |
販売元 | 書肆山田 |
JANコード | 9784879956606 |
カテゴリ | ジャンル別 » 文学・評論 » 評論・文学研究 » 文学史 |
購入者の感想
だいぶ前に、吉本隆明さんは、古井由吉さんの小説について、読者ゼロを目指しているのではないかと書いていたと思うけど、さらに、狭くしているというか、ただひたすら書いているというか、自分以外の読者を想定していないのではないかと思うほどの寂しさというか厳しさというか、とにかくこの場所にきてしまったという切実さが伝わってくる。古井さんは海外詩について書くという中で、その詩そのものも訳している。そうして訳して呼吸が整ったところで「思索のもつれを友として、左手にはパイプも忘れず、小径をたどる」わけだ。
本の最後ではライナー・マリア・リルケのドゥイノ・エレギーの第一歌の全訳が延々と10回も続く。しかも、それぞれの文頭には、古井さんのつぶやきが書かれる。それが詩の一部なのか、ほんやり読んでいると判然としなくなるほど。古井さんは最初に、この詩を訳すことは「すくなくとも私にとって、不可能であり無意味でもある」と書いている。無意味であることを知りつつ訳し、それぞれの回にいくばくかの感想とも後悔ともつかない文章を添える。それはリルケの詩をかりれば、確かに「綺麗に片づいて、表を閉ざされ、なにやら所在ない様子は日曜日に郵便局に似ている」(p244)のかもしれない。
しかし、その翻訳よりも、古井さんが添えた「清潔に寂れた教会は日曜日の郵便局に似ている」というなにもかもそぎ落としてしまったような文章が本当の達成かもしれないと思う。それにしても美しい本だ。
本の最後ではライナー・マリア・リルケのドゥイノ・エレギーの第一歌の全訳が延々と10回も続く。しかも、それぞれの文頭には、古井さんのつぶやきが書かれる。それが詩の一部なのか、ほんやり読んでいると判然としなくなるほど。古井さんは最初に、この詩を訳すことは「すくなくとも私にとって、不可能であり無意味でもある」と書いている。無意味であることを知りつつ訳し、それぞれの回にいくばくかの感想とも後悔ともつかない文章を添える。それはリルケの詩をかりれば、確かに「綺麗に片づいて、表を閉ざされ、なにやら所在ない様子は日曜日に郵便局に似ている」(p244)のかもしれない。
しかし、その翻訳よりも、古井さんが添えた「清潔に寂れた教会は日曜日の郵便局に似ている」というなにもかもそぎ落としてしまったような文章が本当の達成かもしれないと思う。それにしても美しい本だ。