メディアとテロリズム(新潮新書) の感想
参照データ
タイトル | メディアとテロリズム(新潮新書) |
発売日 | 2013-03-01 |
製作者 | 福田充 |
販売元 | 新潮社 |
JANコード | 登録されていません |
カテゴリ | ジャンル別 » 社会・政治 » マスメディア » ジャーナリズム |
購入者の感想
メディア研究やジャーナリズム研究において、危機管理や
戦争、テロ対策を「前向きに」語ることがタブーであったこと
はよく理解できる。
思えば第2次大戦後、21世紀に入るまで、日本全体がそうで
あった。そのような空気を作り上げていた張本人がメディアであり、
マスコミだった。
この本の著者自体が、そうしたメディア研究の中にいる。
この著者がその呪縛から脱して「王様は裸だ!」と言った勇気に、
敬意を表したい。それができるのが新書という媒体であり、
それが論文や専門書にはない、新書のよさであろう。
誰かが思いきって「王様は裸だ!」と言ってくれたとき、抑圧され
ていた聴衆は溜飲を下げることができる。この本を読んでそういう
感覚を経験できた。しかし、それだけではいけない。
現実が変わらなければ意味はない。
そういう意味で、この本は、テロやメディアを研究する研究者だけ
でなく、テロリズムと対峙するメディアやジャーナリスト、そして
政治家や官僚たちも読むべき書であろう。
そして何よりもそれをメディアを通して経験している私たち
一般市民こそが読むべきである。その後で、どう行動すべきか。
それが問われている。
戦争、テロ対策を「前向きに」語ることがタブーであったこと
はよく理解できる。
思えば第2次大戦後、21世紀に入るまで、日本全体がそうで
あった。そのような空気を作り上げていた張本人がメディアであり、
マスコミだった。
この本の著者自体が、そうしたメディア研究の中にいる。
この著者がその呪縛から脱して「王様は裸だ!」と言った勇気に、
敬意を表したい。それができるのが新書という媒体であり、
それが論文や専門書にはない、新書のよさであろう。
誰かが思いきって「王様は裸だ!」と言ってくれたとき、抑圧され
ていた聴衆は溜飲を下げることができる。この本を読んでそういう
感覚を経験できた。しかし、それだけではいけない。
現実が変わらなければ意味はない。
そういう意味で、この本は、テロやメディアを研究する研究者だけ
でなく、テロリズムと対峙するメディアやジャーナリスト、そして
政治家や官僚たちも読むべき書であろう。
そして何よりもそれをメディアを通して経験している私たち
一般市民こそが読むべきである。その後で、どう行動すべきか。
それが問われている。