甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス) の感想
参照データ
タイトル | 甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス) |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | イアン マキューアン |
販売元 | 新潮社 |
JANコード | 9784105901110 |
カテゴリ | ジャンル別 » 文学・評論 » 文芸作品 » 英米文学 |
購入者の感想
正直に告白をすると、前半を読みながら冗長な文章に小さく溜息をつくこともあったし、
主人公の女スパイ・セリーナに対する微かな違和感をずっと拭えずにいた。
この違和感は、一流ではない作家が、異性を主人公に選んだ時に感じる違和感に似ていたので、
愚かな事に私はマキューアンはそのタイプなのだろうと早合点をした。
しかし最終章を読み終えた時、それら欠点とも言えるポイントに全て意味があった事を知り思わず唸った。
そしてこの「甘美なる作戦」は最初の印象とは全く別の、特別な本になっていた――。
結末を読み終え、幸福感と高揚を感じながら、しかし「裏表紙に書いてあったような、
『涙が止まらなかった』というほどでは無かったな」などと考えながらその夜は眠りについた。
しばらく経ってから、この本が私(あまり勤勉では無く、政治や歴史に関する記述は読み飛ばしがちで、
「結婚して幸せに暮らしましたとさ」的な結末を好む主人公セリーナのような“中級の読者”)に向けた
作者からのラブレターであった事がふいに胸に染みるように感じられ、
本を読む人間としてなんと幸せであったことかと、そこで初めて涙した。
才能に恋するということ。作家を愛するということ。
そして作家から読者への愛と信頼(“中級の読者”の癖に私はこの作家を疑っていたというのに! )。
例え70年代の世界情勢にあまり興味が持てない私のような“中級の読者”であっても、
この作品を最後まで読み終えた時、素晴らしい読書体験であったと驚くとともに胸が熱くなるはず。
「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」というセリーナに、恋人の新進作家トムは「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と返す。
まさにこの本を表すに相応しいふたりのやりとり。
作家が人生においてたった一度だけ書けるような、優れたメタフィクションではないだろうか。
こんなに再読に胸躍らせる本はそうは無い。
主人公の女スパイ・セリーナに対する微かな違和感をずっと拭えずにいた。
この違和感は、一流ではない作家が、異性を主人公に選んだ時に感じる違和感に似ていたので、
愚かな事に私はマキューアンはそのタイプなのだろうと早合点をした。
しかし最終章を読み終えた時、それら欠点とも言えるポイントに全て意味があった事を知り思わず唸った。
そしてこの「甘美なる作戦」は最初の印象とは全く別の、特別な本になっていた――。
結末を読み終え、幸福感と高揚を感じながら、しかし「裏表紙に書いてあったような、
『涙が止まらなかった』というほどでは無かったな」などと考えながらその夜は眠りについた。
しばらく経ってから、この本が私(あまり勤勉では無く、政治や歴史に関する記述は読み飛ばしがちで、
「結婚して幸せに暮らしましたとさ」的な結末を好む主人公セリーナのような“中級の読者”)に向けた
作者からのラブレターであった事がふいに胸に染みるように感じられ、
本を読む人間としてなんと幸せであったことかと、そこで初めて涙した。
才能に恋するということ。作家を愛するということ。
そして作家から読者への愛と信頼(“中級の読者”の癖に私はこの作家を疑っていたというのに! )。
例え70年代の世界情勢にあまり興味が持てない私のような“中級の読者”であっても、
この作品を最後まで読み終えた時、素晴らしい読書体験であったと驚くとともに胸が熱くなるはず。
「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」というセリーナに、恋人の新進作家トムは「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と返す。
まさにこの本を表すに相応しいふたりのやりとり。
作家が人生においてたった一度だけ書けるような、優れたメタフィクションではないだろうか。
こんなに再読に胸躍らせる本はそうは無い。
原題 Sweet Tooth(原著2012年刊行)
理知的でありながら静かな悲しみをたたえた筆致で描き出される、ある「スパイ」の愛と裏切りの物語。
1970年代冷戦下、不況やIRAのテロ、オイルショックなどによる閉塞感に覆われた英国社会の克明な描写がまず巧みに読者を作品世界に招き入れる。そして知的だが保守的で空虚な主人公の人生を綴るそのディテールの精緻さを通して、彼女に感情移入せざるを得ない。
やがて訪れる宿命的な破局と驚きの結末を前にして、本書がいかに巧妙に仕掛けられた小説であるかを読者は知ることになる。
登場人物の作品として挿入される短篇のストーリーも面白く、ロマンティックだが悲痛な恋愛小説として、風変わりなエスピオナージュとして、作者自身の履歴を反映したメタ・フィクションとして、多面的な読み方を許容し密度の濃い読書の悦びを与えてくれる見事な企みに満ちた小説だ。
理知的でありながら静かな悲しみをたたえた筆致で描き出される、ある「スパイ」の愛と裏切りの物語。
1970年代冷戦下、不況やIRAのテロ、オイルショックなどによる閉塞感に覆われた英国社会の克明な描写がまず巧みに読者を作品世界に招き入れる。そして知的だが保守的で空虚な主人公の人生を綴るそのディテールの精緻さを通して、彼女に感情移入せざるを得ない。
やがて訪れる宿命的な破局と驚きの結末を前にして、本書がいかに巧妙に仕掛けられた小説であるかを読者は知ることになる。
登場人物の作品として挿入される短篇のストーリーも面白く、ロマンティックだが悲痛な恋愛小説として、風変わりなエスピオナージュとして、作者自身の履歴を反映したメタ・フィクションとして、多面的な読み方を許容し密度の濃い読書の悦びを与えてくれる見事な企みに満ちた小説だ。