岸辺の旅 (文春文庫) の感想

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参照データ

タイトル岸辺の旅 (文春文庫)
発売日2012-08-03
製作者湯本 香樹実
販売元文藝春秋
JANコード9784167838119
カテゴリ文学・評論 » 文芸作品 » 日本文学 » や・ら・わ行の著者

購入者の感想

 とりとめのない夫と妻の会話があふれている。けれども、三年ぶりに帰ってきた夫は死んでいるのだ。ふたりはそのまま旅に出る。
 不可思議な物語なのに全く不自然に感じない。怪奇小説でもミステリーでもない。本当に不思議な筆致である。
 夫の失踪。喪失の痛みという全く同一のモチーフを描いた小説に川上弘美の『真鶴』がある。『真鶴』が、いつもはふわふわとしたタッチの川上弘美が、何故だかこのときばかりは力を込めたと思える意欲作であるのに対して、『岸辺の旅』には、叫びも慟哭もない。明確な諦めもない。恨みも後悔もない。
 強いていうならなんだろう。≪透明にまでなってしまった哀しさ≫とでも言ったらよいだろうか。
 例えば、夫の失踪中の様子を主人公である妻が回想する。

 「マンションの下の道路を誰かが自転車で通った。ベルをリリリリンとならしながら」
 「そのベルの音はとてもよく響いた。金属の鋭い音なのにどこかまろやかで、たのしげだった」
 「とっくに自転車が走り去ったあとになっても、私はソファーに座って目を閉じ、まだ耳の奥に残っている響きをあじわっていた。ずっとずっと長い間、音のない世界に住んでいたみたいな気分だった」

 ここには3年間の孤独についての直接の記述は一切ない。ただ音のない世界とだけだ。絶望のあまり気が変になったなどとも勿論書いてない。ただ尋常でなく鋭敏になった聴覚が捉えたものだけが淡々と語られる。

 こんな調子だから、読む者はやすやすと二人とともに旅してしまう。そして、旅の果てに二人が行き着いてしまう避けられないさだめを、二人とともに体験する。
 これが、本当の喪失の痛みなのだと、読む者は最後に知る。

 これはひょっとすると、途方もない名作なのでは、と感じる。

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