ひねくれ古典『列子』を読む (新潮選書) の感想
参照データ
タイトル | ひねくれ古典『列子』を読む (新潮選書) |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | 円満字 二郎 |
販売元 | 新潮社 |
JANコード | 9784106037535 |
カテゴリ | ジャンル別 » 文学・評論 » 古典 » 中国の古典 |
購入者の感想
難解な列子を親しみやすく且つエキスをついた内容に満足です。これから中国古典を読もうとする人には格好の入門書となるでしょう。
「列士」は、老荘思想家の一人と位置付けられています。
現実的な儒教と、観念的な老荘思想は、一見、相容れない考え方のように思われます。
しかし、現実だけを見つめていては苦しすぎますし、観念の世界に閉じこもるのも危険です。
人間には、その方向が必要なのです。
中国の思想でも、実際には、儒教と老荘思想が表裏一体となって展開していきます。
ある時は儒教を掲げて社会の腐敗と戦ったその同じ人物が、
別の時には老荘思想を奉じて隠遁して我が身を守るのです。
中国の文化的枠組みはよくできています。
取足於身 游之至也 求備於物 游之不至也
足るを身に取るは 游の至りなり。
備わるを物に求むるは、游の至らざるなり
現実的な儒教と、観念的な老荘思想は、一見、相容れない考え方のように思われます。
しかし、現実だけを見つめていては苦しすぎますし、観念の世界に閉じこもるのも危険です。
人間には、その方向が必要なのです。
中国の思想でも、実際には、儒教と老荘思想が表裏一体となって展開していきます。
ある時は儒教を掲げて社会の腐敗と戦ったその同じ人物が、
別の時には老荘思想を奉じて隠遁して我が身を守るのです。
中国の文化的枠組みはよくできています。
取足於身 游之至也 求備於物 游之不至也
足るを身に取るは 游の至りなり。
備わるを物に求むるは、游の至らざるなり
寓意に富んだ内容でありながら、手頃な訳本が極めて少ない『列子』の初めての紹介本であろう。
1.非常に平易に解説してあるが、砕け過ぎて漫画本的な俗語が出てくるのが良くない。
2.視覚的にパッとしない。書き下し文を太字にするなど、めりはりを付けると良いだろう。
3.参考文献の解説が詳しいが、抄訳版ではあるが最も入手しやすい『新書漢文大系24 列子』(明治書院、2004)
がなぜか取り上げられていない。疑問を感ずる。
1.非常に平易に解説してあるが、砕け過ぎて漫画本的な俗語が出てくるのが良くない。
2.視覚的にパッとしない。書き下し文を太字にするなど、めりはりを付けると良いだろう。
3.参考文献の解説が詳しいが、抄訳版ではあるが最も入手しやすい『新書漢文大系24 列子』(明治書院、2004)
がなぜか取り上げられていない。疑問を感ずる。