幸子の幸は指原さんを救えるのか

　どうぞ座って下さい。
髪を無造作に一つくくりし、
化粧っ気もない地味な表情の女医だった。

手にした書類に目を通しながらさして興味もなさそうにこちらに向けてちらりと視線を投げた。

　あのう、
何時もの先生は？
　ああ急に学会で出張されたの。
お薬だけでもだしますよ、
もし必要なら…。
話しは嫌なら無理にする必要もないですけど。

　左胸に付けたネームに「指原」とあるのが妙に気にかかった。
おもわず
　私と同じ名字なんですね、
ご本名ですか。

　黙ってればよかったかな、
と思わず困惑したけれどそんな莉乃の様子を気にする風でもなく
　これ旦那の名字ですよ、
珍しいみたいですね、
東京では、
と俯き加減のまま呟いた。

　指原さ〜ん　これお薬7日分です。
分量守って下さいね。

　落ち着いた暖かな色合いでまとめられ、
何か照明に加工でもしてあるのかまるでガラス窓を通して
柔らかな日差しを受けているようだった。

　薬を受け取ってそんなクリニックを一歩出ると、
昨日までの急激な暑さもおさまり空は灰色の雲に
覆われ今にも雨が降り出しそうな様子で、
街には風が強く吹いていた。

　やがて雷の響きとともに大きな雨粒が落ち始め、
あっという間に激しさを増していった。
まるで夕立が
こっそりと手引きをしてくれたように二人の距離が縮まる。
足下では雨が飛沫をあげていた。

白いブラウスが濡れて透けている。

　「先に行くわ、
待ってる」
　 それから変な事ばかり起こるようになった。