文庫で読めるうちに読んでおきたい、名著の名訳

　本書の中核をなす『マルドロールの歌』は、
全六歌６０章節のどれひとつとして退屈なものがない、
シングルコレクション・アルバムのような、
隙のない名作だ。
若き天才の圧倒的な博識、
筆さばき、
イメージ喚起力に舌を巻く。
異端の文学というよりも、
必読の古典と言ってみたい貫禄がある。

　しかし超複雑な文脈を３００ページにわたって読み解くには相当な覚悟がいる。
第六歌をのぞけば各章節は独立していて一貫した筋はないので、
章節ごとに独立した短編を読むくらいのつもりで集中してかからなくてはならない。
また各章節の中でも同じ人物を指す語句がすばやく入れかわり、
めまいをおぼえる。

　そこでこの最新訳は、
読みの正確さはいうにおよばず、
文脈を追いやすいように工夫をこらし、
なおかつ詩的香気にあふれた匠のわざであり、
これを文庫で読めるのだから読まない手はない。

　もっとも、
原著が原著だけに、
すらすらと読める代物ではない。
とくに四−２、
四−７などは一読しただけでは何を言っているかわからないほど難解だ。
しかし、
苦労しがいのある傑作であることはかさねて強調しておきたい。