リヒテルｖｓバッハ

平均律クラヴィーア曲集の第一巻というのは、
もともとはバッハが弟子の教育目的のために作った曲集で、
第一巻の巻頭にバッハ自身の言葉でそのように書かれています。
第二巻も特に記載はないものの、
基本的にはそれに沿って編まれています。
ですから、
この曲集を本当に味わうにはやはり自分で弾いてみるものだと思います。
自分で弾いてみた上で、
いろいろな演奏が好きになったり嫌いになったりするのでしょう。


とはいえ１番のプレリュードはともかく、
あとはそう簡単に弾けるものではありません。
また一つの巻が２４曲、
全体で４８曲からなる曲集ですから、
この曲は好きでもあの曲はそうでもない、
と言うように思うのがむしろ自然でしょう。
ベートーヴェンのピアノソナタ全集はどれが好きか、
と言うのと同じ質問になるわけです。


そう思いながらリヒテル、
グルダ、
グールド、
コープマンと聴いてみて、
一番自分のために弾いていると感じられるのがこのリヒテルの演奏です。
つまりリヒテルはリヒテル自身のためにこの曲集を弾いていて、
弾きながらバッハと話をしていると強く感じられます。
残響の多い録音、
比較的遅いテンポ、
フーガ一つ一つの声部の弾きわけよりは曲全体としての流れを重視した弾き方、
こうしたもの全てがリヒテルの内面に向かって進んでいきます。
他の全集〜ショパンの練習曲集ですら抜粋録音です〜を決して録音しなかったリヒテルが、
唯一この曲集だけは全曲録音した理由もそこにあるのではないでしょうか。