もうひとつのミステリー？

リンドバーグといえば、
1927年にニューヨークからパリまでの飛行機による単独横断に成功したことで知られる２０世紀のアメリカを代表するヒーローである。
その英雄像は当時のこれまたアメリカの「良心」の代表でもある俳優ジェームス・スチュワート主演の映画「翼よあれが巴里の灯だ」に詳しい。
そのヒーローの隠れた素顔紹介、
といったのんきな内容ではないのだ。
彼が起こしたひとつの事件で、
それぞれの事情でそれぞれの悲劇に巻き込まれた周囲の人々を思えば。

アガサ・クリスティ作「オリエント急行殺人事件」のモデルとなった乳児誘拐殺人。
その被害者の父親としてリンドバーグは後年世界中からの同情を集める。
ドイツ系の移民が事件の犯人とされ処刑されるが、
本書ではそもそも誘拐事件そのものが存在せず、
日常的に「わるふざけ」をして周囲の人々を困惑させていたリンドバーグ自身による「過失」をカムフラージュするための彼ひとりのでっちあげ、
という論理が展開される。

「本当にそんなことがあったのだろうか？」歴史の名のある英雄にまつわる暴露話にありがちな浮ついたところがなくて、
事実をおって淡淡とページがすすみ、
リンドバーグ本人の奇怪で邪悪ともよべる暗い人間像と、
事件にまつわるさまざまな悲劇が同時に解き明かされいく。
読み手の興味を事件の詳細な見直しによって真実に近づけていく展開に最後まで一気にひきこまれてしまいます