日常生活に役立つ思考法

タイトルだけではよく意味が分からないので，その点で本書は少し損をしているかもしれない。
我々はふだんから，TV，新聞，書籍，インターネットや友人の話から，様々な「意見」に接しているが，それらがすべて正しいと考えているわけではない。
何が正しい意見で，何がそうでないのかという判断は必要不可欠だ。
本書の目的は，その判断の精度を上げることにある。
その意味で，あらゆる人におすすめできる本である。


本書が提示するのは，「哲学的クリティカルシンキング」という思考法だ。
クリティカルシンキングとは，相手の意見を鵜呑みにせずに吟味する技術のこと。
「哲学的」とは，分析哲学，倫理学などの知見や方法論を，クリティカルシンキングに応用していることを指す。
本書は，「哲学のことなんて全く知らない」という人でも分かるように書かれているから，哲学の入門書的な役割も，一部果たしている。


本書はいわば，哲学的クリティカルシンキングの基礎編だが，実際上問題となることが多い，価値判断についての問題や（第4章），合意形成の問題（第5章）にまで触れられており，守備範囲がとても広い。
これ一冊を読みこめば，日常的に接する問題のほとんどについて，かなり適切に対処できるようになると思う。
平易な文章で書かれているものの，情報量が膨大なので，多くの読者は再読の必要を感じるだろう。
本書自体も，そのことを予定しているようである（pp.241-244）。
巻末には手に入りやすい参考文献・関連文献も多数挙げられている。


ちなみに，ビジネスや経営のハウツー本では，「ロジカルシンキング」も含めてクリティカルシンキングと総称されていることがある。
これは本書の用語法とは異なるので注意。
たしかに，どちらも「正しい思考法」を目指す点で似ているが，ロジカルシンキングは情報の正しさを判定するのではなく，情報を整理整頓することに重点が置かれているので，両者は使用する場面を異にする。