疾きこと風の如し

　この小説の目的地「安羅井国」は、
古代に漂着したイスラエル人を想定したものだという解説を読んで、
読後感以上に深みのある小説だと思います。
また、
目的地への手がかり「丹生津姫草子」は、
熊野地方に実在する丹生津比売神社を彷彿させるもので、
事実と事実の行間を大胆に脚色する先生の作風を堪能することができます。

　主人公信吾は、
忍者の末裔ですが忍術は使えず、
剣術もライバルを圧倒するほどのものではなく、
無類のお人好しで対抗勢力につけこまれてしまいますが、
無心の抜刀術を唯一の武器に、
苦境を乗り越えていきます。
早業で性格も爽やかな風のような江戸っ子武士が、
風のように流浪する安羅井人と分かり合う素敵な一編です。