ヒラリー・ハーン デビュー! バッハ:シャコンヌ の感想

このレビューはシャコンヌに限って書きます．シャコンヌの印象が余りにも強かったので --- ．テンポが遅くて驚きました．試みに私がこれまで聴いてきた名人たち３人と演奏時間で比較しますと，次のとおりです．

ヒラリー・ハーン ------------17分52秒
ナタン・ミルステイン ------- 14分04秒
シュロモ・ミンツ ------------15分09秒
イツアーク・パールマン ------ 15分47秒

最速のミルステインと比べると殆ど4分も遅い．もっとも遅いパールマンとでも2分以上も遅い．これほど遅くなるとシャコンヌの躍動感が損なわれます．曲が呼吸をしているような，ワクワクした生命感みたいなものが消失します．ウーン，これはいけないなと最初は感じました．でも聴き進む裡にテンポが遅いゆえにこそ生まれる効果に気がつきました．それは痛切極まりない哀しみ，痛みです．バッハの器楽曲で私がかって聴いたことのなかった情感がここにあります．そうです，イエスを捉え，虐待し，十字架に架けた人間の後悔．これがマタイの主題でした．弱冠ヒラリーさんはシャコンヌの譜面からこれを読みとり，かって名人たちの誰もやらなかったであろう試みを彼女のデビュー盤でなしとげ，そして成功しました．すごい感性です．私はこのような解釈の是非を知らないけれども，彼女のシャコンヌをも認めます．マタイ受難曲を聴き，ついでヒラリーさんのシャコンヌを続けて聴けば人は自ずと互いの類似を認め，心が動くでしょう．

追記：2013-05-08
上記を私はCD付設のハーンさんの手記（渡辺正訳）を読まずに書きました．これを読んで，彼女のバッハへの思い入れの深さを納得しました．ハーンさんは彼女がヴァイオリンを手にする前からバッハのロ短調ミサ曲やらカンタータやらに慣れ親しんでいたのでした．ご両親が地元の合唱団でバッハの宗教曲を歌っていたから --- ．後年，彼女がテキサスのリサイタルでパルティータ第2番を弾いているときシャコンヌの和声で起きていることを啓示のように感じたそうで，‘それは私のこれまでの体験の中で最高の瞬間’