経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉 (岩波文庫) の感想

　完全な市場が成立すれば価格は均衡し最適な資源配分が成立する。均衡こそが目指すべき理想の状態で現実のマーケットが価格変動するのは市場が非効率か、刻々と変化するファンダメンタル＝与件を反映して均衡点を永遠に求め続けているからなのだ…という感じで理解していたのに。シュンペーター先生によると戦争による破壊と回復ですら均衡と循環の範囲内（彼の言うところの「新たな生産結合」が生まれない限りにおいて）。雇用統計が予想より0.5%上がった下がったで大騒ぎする下々の世界なんぞ小さい、小さい。一行も数式を使わず（！！）に限界概念、均衡価格、最適配分、トレードオフ、消費者主権、労働の生産要素化etcと近代経済学のエッセンスを凝縮して展開する１章。そして均衡と循環の根っこが「パン屋が今日いくら仕入れていくら作るかを経験的に知っていること」（←一例です、もちろん）。個人が、社会が受け継ぎ、記憶する経験、と説く。人間臭さの感じない数式経済学のやりすぎで自分が何やってるのかわからなくなった時、オススメします。限界革命（←ざっくり言って経済学に微分を持ち込んだこと）をアゲながら２章の一のラスト「我々が取り扱う変化は（中略）古い均衡点から微分的な歩みによっては到達できないような変化である。郵便馬車をいくら連続的に加えても鉄道には到達しない」っておーい！当時売り出し中のマル経への対抗がある（実際チラチラ見えます）にしろなんだこの豪快さは。価格弾力性やら制約下の最大化やらちまちま計算してるのを鼻で笑ってくれちゃいます。で、何がそのダイナミックな（真に均衡と循環を破壊する）変化を生むかというと「信用創造」＝財の裏打ちのない金を刷ってその購買力で既存の生産手段の強奪！「発展は信用借りをしないことを誇りとするような経済主体を押し流してしまう（第３章）」。ワイルド、アンド孫、礼賛？大家による古典でありながら現在主流（みたいな）経済学の手法からブッとんだ一冊（で、実際実は主流じゃない）。特に経済学イコール数学と思って嫌になった方、経済の微小変化を追っかけるのに疲れ果てた方、まだ未使用ならお試しください。この手の本共通のくどさや、「それ」やら「これ」が何示してるのか分からなくなる時がある文章ですがマーケットプレイスで転売することを諦めて書き込みしながら読みましょう。

　第一章において、生産者の活動の指針として生産者が過去の経験に頼っていることを指摘します。そして、この経験を全ての生産者から一旦取り除いたと仮定し、経済活動に参加している生産者達が各々の活動の指針として必要な経験則を再構築する過程を詳細に検討します。再構築された経済活動は一定の軌道を循環的に回るだけであり、経済発展を伴いません。そして、この経済活動の根底には消費者の欲望充足(食料や衣類など緊急度の高いものから順に満たされる)が働いていることが重要であると指摘します。この発展を伴わない経済活動の様相を認識することによって、経済発展の理論は非情にエレガントに導かれます。その方法は、一定の軌道に沿って循環する経済活動に対して、革新を遂行する企業家と、企業家に購買力として信用支払手段を提供する銀行家を加えることにより、経済の軌道はより発展した軌道に遷移するというものです。この過程においては、消費者の嗜好の変化が発展を促す革新の原動力になるのではなく、企業家の創造的活動が消費者を刺激し発展をもたらすと主張します。更に、本書では企業利潤や利子、景気循環についても経済発展の理論に基づいて解説しています。解説は非常に論理的であり、経済の多くの重要項目について大変参考になる知見を含んでいます。

　経済発展の理論の主要部分の大半は上巻に収録されています。経済成長理論の分野に関心がある方は、上巻だけ読んでも満足できると思います。