松村禎三:交響曲第1番/第2番/ゲッセマネの夜に の感想
参照データ
タイトル | 松村禎三:交響曲第1番/第2番/ゲッセマネの夜に |
発売日 | 2010-12-15 |
販売元 | Naxos |
JANコード | 4945604703376 |
Disc 1 : | 交響曲第1番 - I. Andante 交響曲第1番 - II. Adagio 交響曲第1番 - III. Allegro 交響曲第2番 - I. half note = 50 交響曲第2番 - II. quarter note = 46 交響曲第2番 - III. half note = 50 ゲッセマネの夜に |
カテゴリ | ミュージック » ジャンル別 » クラシック » 交響曲・管弦楽曲・協奏曲 |
購入者の感想
松村の音楽の特徴は、本人いわく「アジア的な発想をもった、生命の根源に直結したエネルギーのある曲を書きたい」というものだろう。
アジア的バイタリティと言っても師である伊福部のそれとは大分違う。
松村はある時アジアの仏教や寺院の写真を見て、強い衝撃を受ける。
そこに日本あるいはアジアならではの音楽の可能性を見たからだ
「生命力をもった個々の単位が集積されて一つの野放図な太い実態をつくっている様は、正に快哉を叫びたいほど、私のイメージを代表していた。いうなれば、小さい生命をもった無数のイナゴの大群が‘群れ‘として一つの大きい生命をもち大地を席捲していくような圧倒的な在り方である。私はオーケストラの曲をこそ書きたいと思った」(交響曲1番について)
小さい音を積み重ね、巨大な音響に至るという松村の作風が作られた最初のきっかけは結核による長期の療養生活にあるのかもしれない。
松村は21歳から5年半もの間病院のベッドで過ごした。
狭いベッドの上でほとんど身動きもとれない。その中でひたすら妄想を巨大化させていった。
そんな松村の青春が彼の作風を決定的に作ったのだろう
松村の一番は今回初めて聴いたが、とても面白い。5年かけて作られた力作。
彼の作風が強烈に出てる唯一無二の交響曲だ
小さな音が蠢いてるが、それが堆積して強大な音響と化す。
不気味な迫力に満ちた曲。
演奏も迫力と緻密さ両方併せ持ってて見事
2番はピアノ入りの珍しい交響曲。金剛力士像のポスターを見たのがきっかけで作られた
ピアノの静謐な音が全編を支配してる
やはり不穏さはあるが、1番ほど強烈さはなく、最後は肯定的に終わる
松村はアジア的なものにこだわるのをやめ、西洋的な調性も取り入れている
「ゲッセマネの夜に」は「ユダの接吻」というジョットの絵にインスパイアされて作られた曲。
なかなか良いけどこれ入れるなら重要作らしい「管弦楽のための前奏曲」入れて欲しかった
こうして見るとビジュアルからの影響をきっかけに作曲してるものが多くて、そこも面白い
アジア的バイタリティと言っても師である伊福部のそれとは大分違う。
松村はある時アジアの仏教や寺院の写真を見て、強い衝撃を受ける。
そこに日本あるいはアジアならではの音楽の可能性を見たからだ
「生命力をもった個々の単位が集積されて一つの野放図な太い実態をつくっている様は、正に快哉を叫びたいほど、私のイメージを代表していた。いうなれば、小さい生命をもった無数のイナゴの大群が‘群れ‘として一つの大きい生命をもち大地を席捲していくような圧倒的な在り方である。私はオーケストラの曲をこそ書きたいと思った」(交響曲1番について)
小さい音を積み重ね、巨大な音響に至るという松村の作風が作られた最初のきっかけは結核による長期の療養生活にあるのかもしれない。
松村は21歳から5年半もの間病院のベッドで過ごした。
狭いベッドの上でほとんど身動きもとれない。その中でひたすら妄想を巨大化させていった。
そんな松村の青春が彼の作風を決定的に作ったのだろう
松村の一番は今回初めて聴いたが、とても面白い。5年かけて作られた力作。
彼の作風が強烈に出てる唯一無二の交響曲だ
小さな音が蠢いてるが、それが堆積して強大な音響と化す。
不気味な迫力に満ちた曲。
演奏も迫力と緻密さ両方併せ持ってて見事
2番はピアノ入りの珍しい交響曲。金剛力士像のポスターを見たのがきっかけで作られた
ピアノの静謐な音が全編を支配してる
やはり不穏さはあるが、1番ほど強烈さはなく、最後は肯定的に終わる
松村はアジア的なものにこだわるのをやめ、西洋的な調性も取り入れている
「ゲッセマネの夜に」は「ユダの接吻」というジョットの絵にインスパイアされて作られた曲。
なかなか良いけどこれ入れるなら重要作らしい「管弦楽のための前奏曲」入れて欲しかった
こうして見るとビジュアルからの影響をきっかけに作曲してるものが多くて、そこも面白い