ユダヤ教の誕生――「一神教」成立の謎 (講談社学術文庫) の感想
参照データ
タイトル | ユダヤ教の誕生――「一神教」成立の謎 (講談社学術文庫) |
発売日 | 販売日未定 |
製作者 | 荒井 章三 |
販売元 | 講談社 |
JANコード | 9784062921527 |
カテゴリ | 人文・思想 » 宗教 » キリスト教・ユダヤ教 » キリスト教一般 |
購入者の感想
著者はユダヤ教を研究する宗教史家や宗教学者ではなく旧約聖書学者である。
したがって、本書は単純にユダヤ教の発生史を記載したものではなく、旧約聖書の叙述を追いながらユダヤ教が生まれていく姿を描き出している。
書名「ユダヤ教の誕生」は、うまい言い回しである。本書はユダヤ教の歴史を書いているのではない。ユダヤ教が誕生するまでの歴史を書いている。
神が一人しかいないという意味での一神教は、本書にも出てくるようにユダヤ教・キリスト教・イスラム教だけでなく、古代エジプトのアテン信仰のように昔からあった。
従って本書のいう「一神教の成立」とは単純に一人の神を信じる宗教の成立を意味していない。
キリスト教・イスラム教へと繋がっていく唯一神ヤハウェ宗教とはどのように生まれたのか、を考察した本である。
小さな遊牧民の神が唯一無二の創造神への信仰へと発展していく様子が生き生きと描かれている。
著者は真摯な学者であることが、文書の端々から見受けられる。
著者は自分や他人の説を断言しない。あくまで仮説であることが分かる表現で記載している。
旧約聖書の記載をどこまで受け入れ、どこまでを創作とみるか。また、記載された内容がどのような認識の元に書かれ、そこにどのような宗教的な展開があったか。
これは、無数の仮説が立てられるものであり、完全無欠の説など存在しない。
それを理解してもらった上で、著者は周辺の民の神が王権の神となり、また周辺の民の神となっていくという繰り返しのダイナミズムの中で唯一神ヤハウェ宗教は生まれたのだという視点を提示している。
もちろん、異論もあるだろうし、著者自身も自論を絶対とするようなことはしていない。逆にまるで事実を見てきたかのように書く歴史学者もいる中で見事な態度と言うべきであろう。また、ユダヤ教を生み出した人々への敬意も感じられる文章である。
これ一冊でユダヤ教が分かるという本ではない。そういう意味で本書はあくまでひとつの仮説であり入門書である。
それを理解した上で取っ掛かりとして読む本の一冊としてお勧めできる。
したがって、本書は単純にユダヤ教の発生史を記載したものではなく、旧約聖書の叙述を追いながらユダヤ教が生まれていく姿を描き出している。
書名「ユダヤ教の誕生」は、うまい言い回しである。本書はユダヤ教の歴史を書いているのではない。ユダヤ教が誕生するまでの歴史を書いている。
神が一人しかいないという意味での一神教は、本書にも出てくるようにユダヤ教・キリスト教・イスラム教だけでなく、古代エジプトのアテン信仰のように昔からあった。
従って本書のいう「一神教の成立」とは単純に一人の神を信じる宗教の成立を意味していない。
キリスト教・イスラム教へと繋がっていく唯一神ヤハウェ宗教とはどのように生まれたのか、を考察した本である。
小さな遊牧民の神が唯一無二の創造神への信仰へと発展していく様子が生き生きと描かれている。
著者は真摯な学者であることが、文書の端々から見受けられる。
著者は自分や他人の説を断言しない。あくまで仮説であることが分かる表現で記載している。
旧約聖書の記載をどこまで受け入れ、どこまでを創作とみるか。また、記載された内容がどのような認識の元に書かれ、そこにどのような宗教的な展開があったか。
これは、無数の仮説が立てられるものであり、完全無欠の説など存在しない。
それを理解してもらった上で、著者は周辺の民の神が王権の神となり、また周辺の民の神となっていくという繰り返しのダイナミズムの中で唯一神ヤハウェ宗教は生まれたのだという視点を提示している。
もちろん、異論もあるだろうし、著者自身も自論を絶対とするようなことはしていない。逆にまるで事実を見てきたかのように書く歴史学者もいる中で見事な態度と言うべきであろう。また、ユダヤ教を生み出した人々への敬意も感じられる文章である。
これ一冊でユダヤ教が分かるという本ではない。そういう意味で本書はあくまでひとつの仮説であり入門書である。
それを理解した上で取っ掛かりとして読む本の一冊としてお勧めできる。