たまもの の感想

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参照データ

タイトルたまもの
発売日販売日未定
製作者小池 昌代
販売元講談社
JANコード9784062189699
カテゴリ文学・評論 » 文芸作品 » 日本文学 » か行の著者

購入者の感想

 小池昌代『たまもの』を読みながら、あ、ことばが楽になってきたなあ、と感じた。私は、それほどていねいに小池昌代を読んできているわけではないので印象批評になってしまうが、何かをことばで追い詰めていくという感じから、ことばをその場その場で動かして、それが動くがままにしている、という感じがする。この小説では。
 昔つきあったことのある男を思い出す部分。(62ページ)
<blockquote>
 なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ。--「閑吟集」の世捨て人はそう言った。狂わずして、なんの人生か。とはいえ、あいつはくずだった。くずに狂った、わたしもくずだ。女というものは、過去なんか引きずらないものだと言うひとがいて、いや違う。わたしも女だが、厚手の絨毯のようなそれを、ずるずる引きずっている。執念深い。けれど最近、そういうものが、ようやくひとつひとつ、ぷつりぷつりと切れてきた。
 さよなら、くず、さよなら、かこ。
</blockquote>
 「閑吟集」を引きながら、「狂う」ことについて思いめぐらしている。
 「女というものは、過去なんか引きずらないものだ」という観念的なことばがある。「観念的」というのは、まあ、頭ではわからないことはないが、私の実感とは違うということである。
 「厚手の絨毯のような」のような「過去」をもった個性的なことばがある。そうか、この小説の女は「過去を厚手の絨毯のようにずるずると引きずっている」と感じているのか。いつか「厚手の絨毯」を引きずったことを「肉体」が覚えていてい、それがことばになって動いているのか。私は厚手の絨毯を引きずったことはないが、「ずるずる」という重い感覚が「肉体」を刺戟してくる。わからないと言ってしまいたいが、この「ずるずる」が強烈である。「実感」として、わかってしまう。私の思い出ではないのに。
 その、観念と個性(実感)のあいだで、うーんとうなっていると、改行して、
<blockquote>
 さよなら、くず、さよなら、かこ。
</blockquote>

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