知覚の現象学 1 の感想

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参照データ

タイトル知覚の現象学 1
発売日販売日未定
製作者モーリス・メルロ=ポンティ
販売元みすず書房
JANコード9784622019336
カテゴリジャンル別 » 人文・思想 » 哲学・思想 » 論理学・現象学

購入者の感想

『行動の構造』とか既に持っていたのですが、まだメルロ・ポンティーを僕が見る時の様相が、「何かあるかも」モードに入っていないので、これもほとんど読んでいません。何かあるかも、と思えないのでは、分からないのに読むモチベーションが持てないので。

『序文

現象学とは何か。フッサールの最初期の諸著作から半世紀も経ってなおこんな問いを発せねばならぬとは、いかにも奇妙なことに思えるかもしれない。それにもかかわらず、この問いはまだ解決からはほど遠いのだ。現象学とは本質(essences)の研究であって、一切の問題は、現象学によれば、けっきょくは本質を定義することに帰着する。例えば、知覚の本質とか、意識の本質とか、といった具合である。ところが現象学とは、また同時に、本質を存在(existence)へとつれ戻す哲学でもあり、人間と世界とはその<事実性>から出発するのでなければ了解できないものだ、と考える哲学でもある。それは〔一方では*訳者による補足〕、人間と世界とを了解するために自然的態度の諸定立を中止して置くような超越論的〔先験的〕哲学であるが、しかしまた〔他方では〕、世界は反省以前に、廃棄できない現前としていつも<すでにそこに>存るとする哲学でもあり、その努力の一切は、世界とのあの素朴な接触をとり戻すことによって、最後にそれに一つの哲学的規約をあたえようとするものである。
・・・』

(僕が『存在と無』のレビューで書いた、「人間は生命体であるということを思いだすこと、けれどそれでいてただの生命体ではなく、思考という形ではないが自己に対している」というのと関連させて読んでみてください。生命体であるというのが「世界とのあの素朴な接触をとり戻す」、それでも自己に対しているというのが「現象学は本質の研究」)

『序文

記述することが問題であって、説明したり分析したりすることは問題ではない。フッサールが創成期の現象学にあたえた、<記述的心理学>であれとか、<事物そのものへ>帰れとかというあの最初の指令は、まず何よりも科学の否認であった。・・・
・・・
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