The Sea Wolf (Illustrated) (English Edition) の感想

別名「ジャケット」と云うタイトルを持つこの作品の粗筋は、獄中で拘束衣(狭窄衣)でギリギリに縛り付けられた主人公が、身体が動かせぬ代わりに精神を自由に飛翔させ、何度も生まれ変わって来た何百年、何万年に及ぶ経験の記憶の中を旅すると云うもの。全く文字通り指一本動かせぬ極限の不自由状態にあり乍らも、魂は時間を超えた実際の体験を通して何度も異なる人生を現実として生き抜き、やがて人類の、そして生命の全歴史が主人公の前に開示される。
　脅迫的な状況を描くことにかけては第一級の腕の冴えを見せるロンドンが、高濃度のイマジネーションを駆使して描き上げた幻想長篇の傑作。歴史ロマンス集としても、獄中記としても読めるが、最後の処刑前になって披露される、神話的題材を鏤めた永遠の女性讃歌は、精神の不滅性と愛の絶対性を高らかに詠い上げ、有無を言わせぬ力強い響きで読む者の心を揺さぶる。肉体の超克を生涯のテーマとしたロンドンの執念が前面に押し出され、何よりもひとりのスターゲイザーとしての彼の面目躍如たる逸品である。
　邦訳は大分前に抄訳がひとつ出たのみ。機会があれば完全版で読んでみることをお勧めする。尚この版にはレスリー・フィードラーによる解説が付いている。