幸福の遺伝子 の感想

まず題名が謎だ。なぜ『幸福の遺伝子』なのだろう。確かにこの小説全体のプロットから推察すれば妥当なのだが。原題はGenerosity:An enhancement. 直訳すれば他者への愛情を気前よく与えること：増殖である。おそらく誰も経験したことのない艱難辛苦をかいくぐってきた２３歳のアルジェリア人の女性タッサ。彼女は幸福を周囲のひとびとにふりまき拡散させてゆく不思議なパワーをもつ。この小説のすごいところのひとつは読者にもその幸福が伝染しまるで目の前に彼女タッサがいるかのような錯覚を醸しだすことだ。タッサがしゃべる。そっと手をさしのべる。キラキラと輝く顔。決して美しくはないのに。
だがそのように「みえる」としても、本当に彼女は幸福なのだろうかという疑問はつきまとう。自分や他人を欺く技巧が長けているだけではないのか。だから彼女の遺伝子を搾取、商業主義に基づいて万人に幸福を「売ろう」とする組織的陰謀には滑稽さを感じるし作者の痛烈な批判精神を思わずにはいられない。
ところどころに作者が顔をだすメタフィクショナルな小説。この小説にであえた幸福をかみしめながら、極上の美味を味わうように頁をめくる。読み終わるのがとてつもなく惜しいように。パワーズの他の作品も原書でよみたくなった。翻訳は気品あり知的ですばらしい。無限大のおすすめです。