夢を見ない、悩まない 市川左團次 の感想

　歌舞伎役者の本でありながら、芸談ではありません。
「お悩み相談」の解答がメインなのですが、親身になっているようないないような訥々とした、でもそこに長い歌舞伎人生が香ってくる、飾らない深さの本です。

　いろいろ面白い逸話（俳優祭でのベビードール着用出演とか、下着コレクターとか）のある役者さんですが、この本では、笑わせようとするわけではなく、むしろ「ストレスがない」「悩まない」本心の生き方を淡々と語ってくれています。
　どの解答も「（無理に結婚とかあせらず）ただただいまの自分にとってたいせつなことをする」、とか、歌舞伎好き女性なら「三階席にひとりでいる男性を探す」とか「夢をもって走るのは自分のできるところまで」、でも、「私が一番、私しかいないんだ」と思わないと舞台に出て行けない、とか何か飄々としてすごく自然体なのです。

　力んでいない生き方。奥方との柳に風のつきあい方。そして愛犬たちへの思い。歌舞伎もただやっていたら続いてしまったけれど、学校時代の友達や女性ファンにめぐまれてありがたいとか、このまじめさは逆説でも何でもなく、こういう自然体の中から、遊び心が出てくるのだなと思いました。

　饒舌な高畑淳子さん、笑福亭鶴瓶さんとの対談もありますが、その中で、むしろ無口な左團次さんの人柄が好もしく浮かび上がる気がします。
　あと、お弟子さんによる裏話が読みどころかもしれず、「控えた芝居を確立された方」「無口な照れ屋で、黙っているのが平気な人、心で会話をする人」など、エピソードまじえて身近ならではの深い観察力です。

　舞台の左團次さんの風格や大きさに惹かれた人なら、ぜひご一読を。